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Tuesday, 13 February 2024

ラッキーアップグレード

ラッキーアップグレード。

ワタシは個人的にそう呼んでいるのですが、飛行機旅に詳しい人々の間では、インボラアップグレードと呼ばれているようですね。

どういうカラクリになっているのか不明ですが、やぶから棒に、エコノミークラスからビジネスクラスにアップグレードされるヤツです。

ワタシは、かれこれ30年くらい、色々と飛行機に乗っておりますが、特に搭乗回数が多いわけではありません。

まあ、年に二回か多くて三回、海外に行くぐらいなものです。

その都度、一番安い航空券を取っておりますので、特にどこかの航空会社の上級会員というわけでもありません。(もしかして、安物買いの銭失い?)

そんなワタシですが、この30年くらいに、ラッキーアップグレード(インボラアップグレード)された事が、2度ほどあります。

これは、ワタシの条件(年二、三回程度の渡航、航空会社バラバラ)としては、結構多い方なのかもしれません。

1度目は、ずーっと昔、1990年台の終わり頃(1998年くらいかな)。

確か、日本からバリ島に旅行に行った時の往路のフライトでした。

当時はワタシも若かった。社会人になって数年程度の小娘が、機内サービスも食事もしっかりビジネスクラスで、ウェルカムドリンクにシャンパンもらって、すっかりご機嫌でした。

分不相応と言えば分不相応なのですが、まあ、自分の財力ではなく、ラッキーアップグレードなんだかあ、良いよねえ。

でも、ラッキーアップグレードなんて、そうそう何回も起こるものではありません。

それ以降は、そんなラッキーな出来事に遭遇する事なく、粛々と、自分が購入したクラスの座席(エコノミークラス)に乗っておりました。

20年以上昔は、今よりもラッキーアップグレードが多かったような気がするのですよ。

友人、知人からも、そういう話をチラホラと聞いていたんです。

でも、世の中はどんどん変わっていきます。

エコノミークラスの運賃が下がり、飛行機に乗る人が増え、航空会社のヒラ会員のワタシでは、ラッキーアップグレードなんて事はまずないだろうと考えておりました。

それなのに、もう一回起こったんですよ。

ビックリやあ。

それは、2022年の秋。

コロナ騒動が一段落し、人々が海外旅行を再開し始めて少し経った頃。

我々は、英国に帰国する際にPCRテスト陰性証明が不要になるまで、海外旅行は控えておりましたが、そろそろ大丈夫やろうと、かねてから行きたいと思っていたポルトガルへ行く事にしたのです。

英国ロンドンからポルトガルのリスボンまでは、3時間程度のフライトです。

里帰りの為に、英国から日本やらミャンマーやらに飛んでいる我々としては、ちょいとそこまでと言う程度の短距離フライト。

当然エコノミークラスで良いし、なんなら機内食もなくても良いから、LCCでも良いくらいだったのですが、たまたまBAがセールをしていて、時間帯と値段の兼ね合いが一番良かったので、BAで予約しました。

そしたらね、当日、空港で搭乗券を印刷してみたら、なんか前の方の席なんですよ。

でも、その時点でも、まだピンときてなかったんですね。

何せ、ラッキーアップグレードなんてものは起こらないと、頭っから思ってますから。

ヨーロッパ内のフライトは小型機なので、ビジネスクラスと言ってもシートは普通で、3つ並んだシートの真ん中がブロックされてて空席となるだけです。

なので、席についた時点でも、ちょっと違和感はあったんですが、たまたま夫とワタシの間の席が空席なのかなあ???なんて思っていたのです。

そしたらなんと、ウェルカムドリンクの配布が始まるではあーりませんか。

それも、シャンパンかオレンジジュース。

ヨーロッパ内のエコノミークラスで、シャンパンのウェルカムドリンクはありません。

おまけに、機内食のメニューの紙が配られました。

ヨーロッパ内のエコノミークラスでは、機内食はちょっとしたスナックが配られるだけで、メニューなんてありえません。。

その辺で、どうやら我々は、ビジネスクラスに迷い込んでしまったようだと気付いたのです。

気づくのが遅いけど。


あああ、せっかくラッキーアップグレードされるなら、長距離便がよかったなあ。

なんて、そんな罰当たりな事を考えつつ、ビジネスクラスの食事を堪能したのでした。



これが二回目のラッキーアップグレード。

さて、この先の人生でもう一回くらい、ラッキーアップグレードされる事はあるのでしょうか。

一般的には、どれくらいの割合で、ラッキーアップグレードされる可能性があるものなのか、知りたいような気もします。

ってか、もうええ歳なんやから、長距離はビジネスクラスでの移動も検討した方が良いのかも。

宝くじ、当たってほしいなあ。

Tuesday, 27 October 2020

30分で40万使ったマダムの見る世界

30分で40万のお買い物をしたマダム。

30分で40万。 https://floatingonwatermeditate.blogspot.com/2020/10/3040.html

その買いっぷりに、かなりビビッてしまっていたのですが、翌日も同じメンバーでアユタヤ遺跡観光です。

行きはマイクロバスでアユタヤまで行き、遺跡見学の後は、チャオプラヤ川をクルーズしてバンコクに戻ってくるというツアーで、なかなか盛りだくさんのツアー。

つまり、丸一日ご一緒するわけです。

どうなる事かと少し心配したのですが、フタを開けてみたら、なかなか気さくで話しやすい人でした。

というか、芯からのお嬢様で、嫌味がない人だったのです。

育ちが良いんやなあ。

お土産物屋さんで、カワイイけど、いつどこで使ったらよいのかわからないようなタイシルクのクラッチバッグをみていたら、

マダム:あら、これカワイイじゃない~。

ワタシ:カワイイけど、使う機会がなさそう。

マダム:うーん。そうねえ。でも、パーティーに行く時に、ちょっと持ってたらカワイイわよ~。

という感じ。

アユタヤからの帰りのクルーズ、デッキでまったりと河からの風に吹かれながら世間話をしていたのですが、どうやらさる銀行の偉いさんのご令嬢で、旦那様も同じ銀行にお勤めらしい。

「パーティー」が日常に組み込まれたような生活をしている方だとお見受けしました。

ワタシ:ルイ・ヴィトン、お好きなんですか?

マダム:そうなの~。海外だと、日本にない品物があったりするので、旅行の時には寄るようにしているの~。ほら、良いものは長持ちするから。娘とか孫娘の代まで使ってもらえるし。

とまあ、こういう感じの会話だったののですが、このセリフをマダムが言うと、嫌味じゃないのです。

生きてる世界が違うから、何を言われてみ嫌味に感じない。

このマダムの見る世界っていうのは、どんな感じなのかなあ。

あれから約四半世紀。

その後もワタシは、あのマダムの見るような世界を体験したことはありませんでしたし、きっと今後もないでしょう。

世の中にはこういう人が存在するのだと、感心してしまった若き日のタイ旅行でした。


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Monday, 26 October 2020

30分で40万。

昔々、まだワタシが日本でOLをしていたのは、1990年代の後半の事でした。

ワタシは、大学在学中にバブルが崩壊し、そのまま就職活動戦線に突入した、初期の氷河期世代にあたるのですが、なんとか就職した後も景気が上向くことはありませんでした。

当時は最悪だと思っていた就職戦線も、今思えば、ワタシの後輩世代よりは、幾分かはマシだったのかもしれません。

ワタシがなんとか就職した会社は、どうやらワタシ達の年度を採用した後に力尽きたらしく、以後、後輩が入社する事はありませんでした。

その会社には6年務めたけど、6年間ずっと一番下っ端OLだったと思う。

つらいなあ。

そんな下っ端OLだった頃、何とか仕事をやりくりして休みをとって、大学時代の友人と一緒に、3泊4日のタイ旅行に行ったのです。

1996年、今から24年前の春。

当時は、今みたいにインターネットでサクサク海外旅行の手配なんてできませんでしたから(っていうか、インターネットが普及していませんでしたから)、旅行会社で2名から手配してもらえるパックツアーを申し込んでの旅立ちです。

もちろん、バンコクにスワンナプーム空港ができる前の事ですので、ドン・ムアン空港に降り立った我々は、現地ガイドと合流して、マイクロバスでバンコク市内に向かいます。

3泊4日なので、ガッツリ活動できるのは正味2日間。

その2日間の間、ずっと同じガイドさん(日本語ができるタイ人の女の子。カワイイ。)にお世話になりました。

今でこそ、海外旅行の個人手配なんて、スイスイとインターネットでできてしまうので、現地ガイドのお世話になる事なんてないのですが、四半世紀前は、ワタシのような下っ端OLでも、現地ガイドさんのお世話になるような旅行をしていたのです。円高やったし。

ガッツリ活動できる正味2日間のスケジュールは、一日目はバンコク市内観光で、二日目はアユタヤの遺跡めぐり。

観光は、ワタシ達とはホテルは別だけれども、同じ日程でバンコクに来ている人達と合流する事になります。

団体行動になるだろうなあと、思っていたら、たまたまお客さんが少ない時期だったのか、ご一緒するのは、ワタシ達よりハイグレードなホテルに滞在するリッチな中年のご夫婦一組のみ。

運転手さん、ガイドさん、ワタシ達、リッチなご夫婦の6人旅となりました。

少人数で、ゆるゆると活動できて良かったのですが、今、振り返ってみると、この旅行で一番印象に残っているのが、このリッチなご夫婦の奥様だったりするのです。

このリッチなご夫婦、バンコク市内観光の最後に、ルイ・ヴィトンのお店に連れて行って欲しいとガイドさんにリクエストされました。

ワタシ達に、ルイ・ヴィトンに寄っても良いかと聞くガイドさん。

いくら当時は円高だったとは言え、下っ端OLにはちょいと敷居が高い、ルイ・ヴィトン。

せっかくやから、ワタシ達もウィンドウショッピングさせていただきましょうと、リッチな夫婦の後をノコノコとついて行く若造二人。

我々だけなら、恐れ多くて入店できませんからね。

品物と値札を見比べて、きょろきょろお上りさん状態のワタシ。

でも、ワタシみたいな若造が店内できょろきょろしていても、店員さんに嫌がられたりしません。

っていうか、店員さん、リッチなご夫婦の奥様のお相手に夢中だったのね。

お店には、30分も居たでしょうか?

奥様が購入する品物を決めて、旦那様がカードをきっている気配がして、お店の入り口に戻ったワタシ達。

その時、だんな様がぼそっと一言。

「このお金で、もう一回この旅行に来られるなあ。」

どうやら奥様、ほんの30分の間に、免税枠二人分一杯(一人20万円x2=40万円)の買い物をされたよう。

やるなあ、マダム!

バブルがはじけたとは言え、1990年代後半は、まだまだジャパンマネーが海外で幅を利かせていました。

まあ、四半世紀も前の話です。

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Monday, 22 June 2020

愛しのお財布もセミリタイア。

巣ごもり生活を始めて、はや3か月超。

ふと気がついたら、お財布を使わなくなっていました。

とは言っても、お金を使わなくなったワケではないよ。

ちゃんとしたバッグを持って、どこかに出かけるという事がなくなったから、お財布を持たなくなったのです。

買い物は、朝のウォーキングのついでに、最寄りのスーパーマーケットでササっとすませます。

ウォーキングなので、荷物は最小限。

家の鍵と携帯電話。そしてエコバッグと、クレジットカードとスーパーのポイントカードと10ポンド紙幣一枚が入ったカードケースをポケットに突っ込んで出かけます。

ワタシのお財布は、すっかりこのカードケースになってしまいました。

車の免許証をもらった時についてくるような、プラスチックのカードケースです。

多分、街を歩いてる時に、無料で配布しているのをもらったんだと思う。何かの広告が印刷された、プラスチックのカードケース。

これにカード二枚と紙幣一枚を入れてジーンズのポケットに突っ込んだものが、ワタシのニューお財布です。

以前は、バーバリーの素敵な財布を使っていました。

25年くらい前、ロンドン旅行に来た時に奮発して購入したお財布です。

当時で200ポンド以上したので、多分、今の物価だったら、300ポンド以上するのではないでしょうか。

でも今、バーバリーに行っても、同じ型のお財布はもう売ってないみたいです。

奮発して買った高級財布なので、購入後しばらくの間は、もったいなくて使えませんでした。

でもある日、先代のお財布を、スリにすられてしまったのです。

その時は、めちゃくちゃ落ちこみました。

ロンドンに語学留学していた時で、ただでさえお金がないのに、お財布をすられるなんて。

まあ、貧乏学生でしたので、お金は殆ど入ってなかったのですが。

入っていたのは、ほんの少しの現金と、学生証とかバスの定期。

でも、財布が盗られちゃったのは、痛かった。

貧乏学生でしたので。

代わりのお財布を買おうと思っても、まともなお財布は結構高い。

でもワタシはその時、数年前に奮発して買ったは良いけど、もったいなくてずっと使えなかった、虎の子のバーバリーのお財布を、語学留学にも持ってきていたのです。

背に腹は代えられないと、ついにその時、そのバーバリーのお財布を使い始めました。

使い始めた経緯が経緯なので、それ以降のワタシは、スリに関しては、常に超警戒態勢。

それから約18年、バーバリーのお財布は、いまだ無事にワタシの手元にあります。

ちょっとくたびれてきてますが、まだまだ使える状態です。

やっぱり、良いものは長持ちするなあ。

そんな、使ってない時も含めたら、彼此もう25年以上も連れ添った、愛しのバーバリー財布。

この巣ごもり生活によるライフスタイルの変化の為、あっさりと不要になってしまいました。

今、流行りの「断捨離」をやっている人ならば、こういうのってあっさり捨てちゃうのかなあ。

でもワタシには、こんなにセンチメンタルバリューがあるものを捨てられそうにはありません。

元々ワタシは、モノが捨てられないヒトなのです。


なのでこの、愛しのバーバリーのお財布には、セミリタイアしてもらう事にしました。

普段、現金は10ポンド札1枚しか持ち歩かないワタシですが、自宅には、もう少し現金を置いています。

10ポンドなんて少額を、使う度にATMでおろすのはめんどくさい事この上ないので、ATMで現金をおろす時は、一回100ポンドくらいまとめておろしています。

まあ、まとめておろすっていっても、100ポンドって日本円では1万3千円くらいですが。

それ以上おろすと、その現金を持って家に帰る道中が怖いので、一回におろすの100ポンド程度です。

それを家に置いといて、買い物に行くときは、ちびちびと10ポンドずつカードケースに入れているのです。

基本、買い物はクレジットカードなので、現金を使うのは月に50ポンド程度です。

なので、ワタシがATMで現金をおろすのは1~2カ月に一回。

そして家には、出番が来るまで家で待機している10ポンド札が数枚あるわけです。

わが愛しのバーバリー財布には、今は、そのお金の金庫番をしてもらっています。

まあ、セミリタイアみたいなもんですね。

長い間、お疲れ様でした。

ワタシはきっと、今後もアナタ以上のお財布には出会えないでしょう。

でも大丈夫。

これからワタシは、お財布なし生活を送るのです。


Saturday, 25 April 2020

罫線オジサンは日本の専売特許かも。

ワタクシ、今から約25年前から20年前くらいの間、日本でOLをやっておりました。

バブル崩壊直後、氷河期世代の大卒女子を拾ってくれたその会社には、感謝してもしきれません。

社員をとても大切にしてくれる、非常に昭和でノスタルジックな社風のその会社には、一つ問題がありました。

そこには、ワタシの天敵「罫線オジサン」が棲息していたのです。

「働き方改革」の名のもと、罫線オジサンに宣戦布告します。
https://floatingonwatermeditate.blogspot.com/2019/04/blog-post_20.html

ワタシの天敵、罫線オジサンの生態について一考察
https://floatingonwatermeditate.blogspot.com/2019/06/blog-post_8.html


就職した当初のワタシは、表の罫線なんてあれば良いのだという考えて、すべて同じ太さの実線で表を作りました。

すると「罫線オジサン」は、それではあまりにも見た目がぶっきらぼうである。一番外側と、見出し直後の線は、太目の実線、それ以外は細い破線、とか寝言を言うんです。

まあ、仕方がないから、その通り変更するのですが、それだけなら許せます。

その後に、行や列を削除したり追加したりと変更をかけてくるのです。

そうしたら、場合によっては、罫線の書式も微調整が必要になってきます。

全部同じ太さの実線ならば、一瞬で済むものを、各行・列によっていちゃんと統一性のあるルールで罫線が引かれているかチェックしてなければならないのです。

ワタシ的には、その時間がとても無駄。

罫線チェックに時間を費やして残業なんて、バカらしくて仕方がない。

罫線オジサンは、書類の見た目などという主観的なモノの為に、部下の生産性を下げている事に気付くべきです。

それまで書類と言えば手書きだったのが、ワープロでタイプアップしたキレイな書類が作れるようになって浮かれていたのかもしれませんが、それにしても、時間の無駄です。

その後ワタシは、ミッドライフクライシスを起こして英国に渡り、そのまま英国に住み着いて就職いたしました。

今、働いているチームは、上司も同僚も英国人です。

そして、直属の上司や同僚が英国人になって以来、罫線の訂正をさせられた覚えがないのです。

大雑把なワタシは、相変わらず、すべて同じ太さの実線で表をつくります。

味気ないこと、この上ない。

でも、英国人上司は、それでも何にも言いません。

彼らは、そこに含まれているデータしか見ていないので、罫線の設定が多少ぶっきらぼうでも、なんでも良いのです。


一応、罫線があれば、その範囲が表だという事が示されるので、彼らにとっては、それで十分。

さすが、アングロサクソンは合理的。そしてぶっきらぼう。

それに比べて、見た目の美しさを求める、日本の「罫線オジサン」。

ビジネスの書類にさえ、内容の正確性に加えて美しさや情緒を求める。

完璧主義と言えば聞こえが良いかもしれませんが、不必要な完璧さ。

それが、日本の生産性を低くしているのかもしれませんね。


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Thursday, 23 April 2020

バブル以前、ビジネスはアナログだった。

ウーハンウィルス新型コロナウィルスが猛威をふるう中、これまで、まるで意地をはっているかのように、在宅勤務やリモートワークを導入しなかった日本企業も、ついに重い腰をあげたようです。

そこで浮き彫りになってきたのは、リモートワークになるとパーフォーマンスがガタ落ちになる人が、バブル以前の世代にやたらと多いという、不都合な事実。

もしかしたら、今までは、とりあえず会社に来て、仕事をするフリをしていのではないかという疑惑までささやかれています。

確かにそうかも知れません。

ワタシのOL時代の天敵、「罫線オジサン」なんて、まさにその典型。

「働き方改革」の名のもと、罫線オジサンに宣戦布告します。
https://floatingonwatermeditate.blogspot.com/2019/04/blog-post_20.html

ワタシの天敵、罫線オジサンの生態について一考察
https://floatingonwatermeditate.blogspot.com/2019/06/blog-post_8.html


罫線オジサンは、自分が生産性が低いだけでなく、部下の生産性を下げてますからね。

在宅勤務をすると、罫線オジサンからのしょーもないダメ出しが激減しますので、それだけ部下の生産性は上がる分、「罫線オジサンは、どこへ行った?」状態になります。

でも、そうなってしまうのは、仕方がないと思うんですよね。

つまり、バブル以前の世代が、在宅勤務になるとパーフォーマンスが落ちたとしても、それはある程度仕方がないと思うのです。

だって、バブル以前、ビジネスはアナログだったのですから。

ワタシ自身は、バブル世代ではなく、バブル崩壊直後、氷河期世代の初期に新卒で就職した年代なのですが、ワタシが就職した当時の日本企業には、まだまだバブル時代の名残が色濃く残っておりました。

今から、25年くらい前の事ですね。

当時は、一人に一台コンピューターなんてありませんでした。

というか、今みたいな GUI(Graphic User Interface)  を駆使したPC すなわちパーソナルコンピューターが出てきたのは、1995年以降の事です。

Windows のバージョンで言いますと、 GUI が使われだしたのは Window 95 から。

Window 95 という名称は、このシステムが市場に送り出された年、1995年を示しています。

それ以前は、Windows 3.0 とか Windows 3.1 とかで、今みたいな GUI つまりアイコンとか、マウスで矢印型のカーソルを動かすなんて機能は無かったのです。


なので、会社にあるコンピューターと言えば、オフィスコンピューターであり、システムエンジニアみたいなスペシャリストが使うものだったのです。

普通の営業職とか事務職の人は、電話とFAXと郵送で勝負していたんですよ。

今、簿記を勉強している人は、どの程度手書きのやり方を学ぶのか良くわかりませんが、25年前は、経理の処理も手書きが大半を占めていました。

経理関係の帳簿が全部手書きなんて、気が遠くなりそうです。

ってか、当時社会保険事務をしていたワタシも、全社員の社会保険料算定基礎届を手書きで書いてましたからね。

届出用紙が3枚複写になってたので、けっこう筆圧をかけて書かないといけなくて、800人分くらい書いたら手が痛くて痛くて。

当時、事務員になりたいと思ったら、簿記とか秘書検定はさておき、ペン字が上手いとかなり有利だったと思います。

日本が、つい最近まで手書きの履歴書にこだわっていたのは、応募者の手書きの字の上手さも見ていたのだと思います。

殆どの事務処理がコンピューターで行われるようになった今、手書き文字の上手さはあまり重要ではなくなったのですが、「手書きの履歴書」という習慣だけが、長く残ったようですね。

閑話休題。

バブル以前の世代の社員は、少なくとも95年までアナログでビジネスをやってきて、それなりに成果をあげていた人達なのです。

でも、アナログではよく仕事ができた人が、デジタルになって、同じように仕事ができるとは限りません。

もちろん、できないとも限りません。バブル以前の世代の人にも、今のツールを使いこなし結果を出している人は沢山います。というか、そういう人の方が多数派だと思います。

でも、アナログな方が、結果がだせるっていう人も、きっといるのです。

そういう人達を、ただ単に、最新のツールが使えないからと言ってバカにしてはいけません。

それは、最新のツールを使いこなす今の若者を、手書きで字を書かせたら下手だとバカにするようなものです。

今回は、人間に感染する新型ウィルスでパンデミックが起こり、IT技術をベースとした在宅勤務が広まりました。

これを機会に、今後は、さらにITやAIが活用されていく事になるでしょう。

では、もし将来、今度は新型のコンピュータウィルスが出てきて、世界中のコンピューターの間でパンデミックが起こってしまったら?

そうなれば、時代はアナログに逆戻り。

書類も帳簿もすべて手書きで、能力に関係なく、字が下手な人はバカにされる世の中になるかもしれません。

そうなったら、バブル以前のアナログ世代が、再び脚光を浴びることになるかも。

ふふふ。



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Wednesday, 15 April 2020

雇用調整助成金

雇用調整助成金

最近にわかに、この単語を目にするようになりました。

ウーハンウイルス新型コロナウィルスが世界中で猛威をふるう中、日本でも、ついに7都府県を対象に緊急事態宣言が出され、営業時間の短縮、もしくは休業に追い込まれる会社が多数出てきています。

日本政府としては、「会社の売上に対しては、休業補償は行わない」というスタンス。

「やむなく従業員を休業させる場合には、雇用者は、雇用調整助成金の申請を検討してください」

雇用調整助成金!!!

ああ。懐かしいこの単語。

なぜならワタシ、昔々、日本で働いていた頃、申請事務に関わった事があるのです。

バブルがはじけて日本が不景気に落ち込んだ頃に就職したワタシ。

せっかく拾ってもらった会社(それも正社員!)ではあったのですが、その会社の属する業界の動向は、さらに悪化し続けたのです。

勤め始めて数年後、ついに「不況な業界」だと政府より認定されるまでに至ってしまいました。

ところで雇用調整助成金というのは、雇用保険の一種です。

雇用保険で一番有名なのは、退職した時に受け取ることができる、失業給付ですね。

でも、雇用保険というのは、なかなか手広く事業を行っておりまして、失業給付の他にも、教育訓練給付金とか、色々とありまして、雇用調整助成金も、そんな雇用保険事業の一つであります。

サラリーマンの給与明細を見てみると、厚生年金や健康保険に比べたら、引かれる金額は比較的可愛らしい雇用保険ですが、なかなか侮れない奴なのですよ。

でも、雇用調整助成金、申請の事務は、えっらい大変です。

当時ワタシが所属していた部署は、事務のプロという感じの部署であり、そこで数年働いていたワタシ自身も、ある程度は事務のプロであるという自負がありました。

そんなワタシ達でも、申請書類の準備に係る作業量は、かなりのものでした。

役所からお金をもらう申請というのは、大変なものなのですよ。

そんな煩雑な事務作業でも、普段から、役所に提出する書類の準備なんかをやっている人間がやれば、間違う確率も低くなるし、効率が良い。

でも、今話題になっている30万円の給付は、各世帯が自分で判断して役所に申請するらしいですね。

世の中には、お金の事も良くわからない、事務仕事も苦手な人がゴマンといるのに、そんな人達が直接役所に行って申請したならば、混乱することは目に見えています。

それよりも、できるだけ雇用者(会社)が休業補償を出して、会社から雇用調整助成金を申請するようにするほうが、役所も混雑しないでしょうし、役所の人も、ハチャメチャな申請書類の添削作業に忙殺される事もない。

ちなみに英国では、休業した従業員の給与80%(上限月2500ポンド)を政府が払うと発表しましたが、これは雇用者が申請します。

休業する従業員をペイロール(給与支払い名簿)に残す事を条件に、雇用者が申請する事によって当人の給与の80%、もしくは月2500ポンドが会社に支給されるわけです。

きっと、会社の人事とか経理とかは大忙しになってしまいますが、それでも、素人に申請事務をさせるよりは、ずっとマシ。

会社側は、その80%ないしは、2500ポンドをそのまま従業員に渡すもよし、会社が自腹を切って少し加算するもよし。

それは会社次第です。

あ、でも、給与の80%(もしくは月2500ポンド)というのは、税前の金額で、そこから税金が徴収されるようです。

これを英語で Furlough というのですが、この単語、最近の英国でのトレンドワードになってるような気がします。

嫌なトレンドワードやなあ。



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Thursday, 21 November 2019

お金を数えるのが好き

昔々、大学卒業を前にしたワタシが就職活動をしていた時の事。

主に、銀行をターゲットにして活動しておりました。

何故かというと、お金を数えるのが好きだから。

好きなことを仕事にしてしまおうという、魂胆ですな。

家計簿をつけたり、銀行の預金通帳を眺めたりして、自分がいくらお金を持ってるのかを数えるのが好きなのではなく、純粋に、お札とか硬貨とかを数えるのが好きなのです。

貯金箱を開けて、中の小銭を数えたりとか、飲み会の会費で集めた千円札を数えたりとか。

別に、自分のお金である必要はありません。

数えて、集計して、残高が合うのが好きなのです。

そういう、奇妙な性癖があるのです。

氷河期世代のワタシが、大卒新卒採用向け就職活動したのは、随分昔のことです。
もう、かれこれ、25年前くらいになるでしょうか。

なので、実際自分が就職活動中に志望動機を聞かれた際に、「お金を数えるのが好きだから。」と答えたかどうかは覚えていないのですが、きっと、当時のワタシには、そんなボケた事を言うガッツはなかったでしょう。

残念。

今のワタシなら、もし今、銀行に就職の面接に行く機会があるならば、是非一度、志望動機として、「お金を数えるのが好きだから。」と言ってみたいものです。

でも、今の銀行では、あんまり現金を数える業務はないのかなあ?



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Saturday, 8 June 2019

ワタシの天敵、罫線オジサンの生態について一考察

先日、「働き方改革」の名のもと、罫線オジサンに宣戦布告したワタシ。

宣戦布告したからには、敵の事をよく知ることが大切です。

敵を知り己を知れば百戦危うからず

と、孫子もおっしゃってますからね。

おお。という事は、ワタシ自身の事も知らなきゃいけないのか!
まあ、それは後回しにしよう。

それよりも、今は、宿敵罫線おじさんの分析が先決です。

OL時代は、職場内での角質確執を避けるため、
大人しく言われるままに罫線を訂正していたワタシ。

この恨みは根深です。

罫線オジサンたちが、罫線にダメだししてくる時に決まって言うセリフ。

「いや。僕はかまわないだけどね。上の人が文句言うから。」

そうか。そうだったんだ。

罫線オジサンは、上司が罫線オジサンだから、自分も罫線オジサンになったのか。

では、なぜその上司が罫線オジサンになったかというと、、
きっと、そのまた上司が罫線オジサンだったんだろうなあ。

罫線オジサンが罫線オジサンを産む。

負の連鎖。

だいたい、罫線オジサンたちって、
ちゃんと書類の内容を読んでいるのでしょうか?

一度、罫線グダグダの書類に、さりげなく数値の間違いを紛れ込ませて、
罫線オジサンに見せてみたい。

罫線オジサンは、一体どちらを先に発見するのか?

ちょっと気になります。


もしくは、ちゃんとチェックしたけど、内容に間違いがないから、
でも、何かダメだししないと仕事した気分にならないから、
「罫線のダメだしでもやっとくか」って事なのでしょうか?

もし、そうだとしたら、小さい。。。

あまりにも、器が小さい。。。

そうなんです。

罫線オジサンって、器が小さいと思うんです。

そんな細かい事気にしてたら、大きな仕事は出来ねーぞ!

っと、ちゃぶ台ひっくり返してやりたくなります。

それとも、罫線の太さに統一性がなかった事により、
書類の内容を誤解され、大きな契約がパーになった経験があるのでしょうか?

まあ、もしそうだったとしたら、同情の余地はあります。

でも、もしそうだったら、自分の経験談を交えて
罫線の書式の重要性を部下に説くべきだと思うのですよ。

ただ単に、「上の人が文句言うから」ってダメだしするのではなく。

特に大切な理由もなく、人をこき使う人ってのには、ロクなヤツはいません。

そして、日本の管理職には、そういう人がやたらと多い。

英国人部下を相手に、罫線がドーノコーノとダメだししたら、
部下から総スカンをくいますよ。

日本だから、日本人部下が相手だから、
罫線ダメだしなんて、牧歌的な事ができるのです。

バブル期の日本は、罫線オジサンのパラダイスでした。

今の日本はそうなんだろう。

罫線オジサンって、まだ生息しているのでしょうかねえ?



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Wednesday, 29 May 2019

新卒で就職した会社の思い出(5)出世競争

ワタシが、夫(ミャンマー人)に出会ったのは、
英国での語学留学中の事でありました。

思い起こせば、新卒で就職して6年と少し働いた会社を退職し、
英国に語学留学したのは、もう、18年も前の事になります。

そして先日、一時帰国で里帰りした時に、
その会社が、郊外に移転するという噂を耳にしました。

当時ワタシの上司(部長)だった方は、その後、取締役を経て顧問を経て、
ついに退職されたそうです。

18年もたったもんなあ。

色々なことが変わっていくのです。

Nothing lasts forever.

しみじみ。

昭和な会社でしたが、悪い会社ではありませんでした。

18年後の今、規模を縮小しながらとはいえ、
まだ存続しているというのは立派なものです。

時折、「もしあの時、英国に留学しなかったら?」

と考える事もあります。

もし、あの時英国に留学しなかったら、
その時点で会社を辞めることは無かったでしょう。

おそらく、あと数年間くらいは同じ会社で働いていたと思います。

総務・人事をしていた為、ゆくゆくは社会封建労務士の資格を
とって欲しいと言われていたので、
おそらくは、資格が取れるまでは、同じ会社に勤めていたでしょう。

でも多分、資格が取れたら、退職していたと思います。

なぜって、それは、、、


その会社では、女子(ここではあえて女子と書きます)が
出世するということが、考えられなかったからです。

ワタシが在職当時、その会社で働いている女子は、
パートのおばちゃん以外はすべて、
子供のいない既婚女性か独身女性でした。

ワタシが在職している時に、健康保険の出産手当金の請求を行ったことがありますが、
その方が、その後、育児休暇を取得されたという記憶はありません。

そして、役付の女子社員はいませんでした。

確か一人だけ、主任待遇のパートのおばちゃんがいましたが、
それは、地方の出張所長の奥様という、かなり特殊なケースでした

つまり、その会社では、普通の女子社員にとっては
出世の道は考えられなかったのです。

まあ、飲み会とかは楽でよかったですよ。

男子社員が、一生懸命気を利かせて、料理やお酒を注文したり、
上司にお酌をしたりするのを尻目に、
女の子は、のほほんと飲み食いしてれば良いんですから。

だって、どうせ女の子は出世しないんだから、
飲み会の席では、上司に媚びる必要なんてないのです。

チヤホヤしてもらってニッコリ笑ってればよいのです。

まあワタシは、もともとそんなにキャリア志向ではないのですが、
それでもやっぱり、女子が出世した実績がない会社っていうのは、
やる気がなくなるものですよ。 

その会社で、定年までとは言わずとも、長期間働く自分の姿というのが、
いまひとつ上手く想像できなかったのです。

将来、結婚して子供が生まれたら退職するかパートになるか。
独身のままだったら、ずっと「女子社員」として、
掃除当番とかお茶当番とかやりながら働くのか。

そう思ったら、なんか虚しくなってきたんです。

それなら、思い切って会社を辞めて、
ずっと行きたかった海外に行こう!と思ったのですよ。

英国に語学留学した後、特にプランがあったわけではありません。

強いて言えば、帰国後はどこか、外資系の会社の人事にでももぐりこんで、
英語を使って人事の仕事をしながら、社会保険労務士の資格を目指そう、
なんて考えていました。

結局、英国で音(ミャンマー人)と出会って、そのまま結婚したので、
そのプランは、絵に描いた餅となったのです。


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新卒で就職した会社の思い出

新卒で就職した会社の思い出(1)就職活動

新卒で就職した会社の思い出(2)当番色々

新卒で就職した会社の思い出(3)男子・女子

新卒で就職した会社の思い出(4)残業

新卒で就職した会社の思い出(5)出世競争

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Monday, 27 May 2019

新卒で就職した会社の思い出(4)残業

就職氷河期の初期に就職活動をしたワタシ。
新卒で勤めていたのは、1990年代半ばから21世紀にかけの約6年。

世の中は平成になっていましたが、
当時のその職場は、よくも悪くも昭和な職場でした。

その中に一つが、残業。

残業。

やりましたよ~。

就職氷河期の初めって、就職活動中は寒さをヒシヒシと感じますが、
一旦入社してしまうと、社内はまだまだ暑苦しかったのです。

若い男性なんて、まさに「24時間働けますか?」をやってました。

エンジニアなんかだと、きちんと残業がついてたので、
お給料の内訳を見ると、残業代が基本給を上回っていた感じです。

まあ、若者たちは、お金がもらえるならと、バンバン残業してましたね。

一方、かわいそうなのは営業さん。

外回中は、自分の裁量でちょっとサボったり息抜きしたりできるという事で、
一律、みなし残業代が支給されるのみ。

それ以上は、いくら残業してもお給料は増えません。


ワタシも営業にいたので、そのかわいそうな人たちの一人でした。

いくら景気が悪くなりつつあるとは言え、バブルの名残が残る日本。
けっこう忙しいのですよ。なので、結局残業するのですよ。

残業って、月に50時間越えた辺りから、けっこう身体が辛くなるのですね。

一月の所定労働日数が22日としたら、平均2時間15分くらい。

でもまあ、これくらいなら何とかなります。

でも、月に75時間越えたら、かなりツライ。一日平均3.5時間。

月100時間越えたら、一日平均4.5時間。もう、クタクタです。

多分、仕事の能率落ちるから、逆効果だと思いますね。

さすがにワタシは、月100時間も働いたことはなかったと思いますが、
60~70時間くらい働いた月はあったかもしれません。

当時のワタシ、けっこう疲れてました。

でも、仕方がないんですよ。

忙しいのに加えて、残業体質の昭和な会社だったので。

でも、良い事もありました。

それは、ワタシが就職した頃には、男女雇用均等法が施行されていたのですが、
その会社は昭和な会社な為、就業規則をまだ変更していなかったのです。

なので、深夜(確か夜10時以降だったと思う)に「女子」を働かせると、
上司が「始末書」を提出するという規則になっていたのです。

これはちょっと、「してやったり」な気分♪

そうですよ。「女子」は、朝30分早く来て事務所の掃除したり、
仕事を合間をぬって皆さんのお茶をいれたりしなくちゃいけないんだから、
その「女子」を、「男子」と同じように夜遅くまで働かせてはいけません!

っていうか、お茶当番の日なんて、どちらかというと
お茶汲みの合間に仕事してるという感じで、
結局、仕事が残業時間にまで食い込んでいたのですから、
それで「男子」と同じように仕事を与えられたら、
「女子」の残業が増えるのは、仕方がない。

それは、上司の管理不行き届きだと思うので、
もし「女子」が深夜と呼ばれる時間帯まで残業する羽目になったら、
上司が「始末書」書くのは、ある意味当然だと思うのですよ。

今で言う、男女平等には反するとは思いますが。

でも、そもそも、会社の体制が男女平等じゃないんだから、
それくらいしてもらわないと困ります。

という具合に、時々上司に「始末書」を書かせる事になった、
昭和な会社の就業規則とその社風。

良くも悪くも、その昭和さが、ワタシがその会社を退職しようと思った
きっかけの一つになったのです。



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Thursday, 23 May 2019

新卒で就職した会社の思い出(3)男子・女子

ワタクシ、先日日本に一時帰国しておりました。

なんだか最近、里心がついているのか、
昔の職場の近くの喫茶店にふと立ち寄ってみたところ、
近々その会社が、郊外に移転するという噂を聞きました。

その会社の本社は自社ビルで、その近辺の地価は近年どんどん上っているようで、
とりあえず、自社物件を売るか貸すかして、自分達は郊外に引っ越すらしいです。

まあ、縮小ですな。

約25年前、新卒で入社して約6年間働いた会社が、
今、事業を縮小している。

もし、あのまま働き続けていたとしても、
ワタシの定年までは持たないかもしれない。

65歳定年として、あと18年あるし。

そう思ったら、当時は無茶な事のようにも思えましたが、
就職難の年にもかかわらず、コネで採用してもらった
安定した正社員の座を投げ捨て、英国に留学した選択も、
そうそう悪くはなかったのかもしれません。

ワタシがその会社を辞めて英国に語学留学した年も、
まだまだ就職氷河期は続いていたので、
「もったいない」と言う人も周りにはいたのですが。

人生、何がどこでどう転ぶか、わからないものです。

しみじみ。

さて、感慨にふけりながら、昔の職場の思い出話です。

前回は、女子だけに課せられる、当番色々について書きました。

今回はこの、「女子」という言葉に注目したいと思います。

なにげなく書いてましたが、よく考えてみると、
昭和の日本の会社って、女性社員の事を「女子社員」って呼んでましたよね。

男性社員の事は「男子社員」って呼ばないのに。

これってかなり、性差別だと思うんですが、今はどうなっているのでしょう。

だれか教えてください。

とまあ、それは置いといて。

ワタシが新卒で就職した、懐かしき昔の職場では、
男性社員も「男子」と呼ばれる事があったような気がします。

その典型が、トイレの呼び方。

男子トイレ・女子トイレ。

男子更衣室・女子更衣室。

男子寮・女子寮

会社概要の記載されている従業員の人数も、

男子 xx名
女子 xx名

ウェブサイトで確認したところ、従業員の人数の表記は、
いまだに男子・女子を使用していました。

昔は、今みたいに大学進学率も高くなかったし、
高卒で就職する人たちも沢山いたので、
新入社員や若手の社員達にとっては、
会社は学校の延長という感じだったのかな。

そんな若者達を教育・指導する側にいる上司達にとっても、
若手社員達は、男子・女子、という感覚だったのだと思います。

なんか、昭和っぽくて、ほのぼのとしてますね。



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新卒で就職した会社の思い出

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Tuesday, 21 May 2019

新卒で就職した会社の思い出(2)当番色々

もうかれこれ一ヶ月以上前に、なんとなく書き始めてみたら
思ったより長くなってしまって終わらなかった記事、
新卒で就職した会社の思い出(1)就職活動 の続きです。

今年の誕生日で47歳になるワタシ。

団塊ジュニアのど真ん中世代で、受験でも何でも、人数が多いために、
激しい競争にさらされた世代です。

そんな激しい受験戦争を勝ち抜いて、めでたく四年制大学に入ったと思ったら、
卒業する頃には、なんとバブルが弾けてしまい、
就職氷河期にもはまり込んでしまったという、運のなさ。

でも、ワタシだけじゃないんです。
ワタシの同い年の人達は同じ目にあってるんです。
そして、その年は、団塊ジュニアの中でも人口の多い年なのです。

つまり、ワタシのように運の無かった人達が、
日本には山ほどいるわけですな。

自分だけじゃないと思うと、ちょっと安心しますね。

そんな運のない年に生まれたワタシですが、
氷河期がはじまって冷え込んだ就職市場の中、
コネでも何でも、使えるものをフル活用して、
地元の中堅会社に就職いたしました。

そこが、なんとも昭和な会社だったのです。

就職したのは1995年なので、もう平成7年にもなっていたんですけどね。

それはもう、何から何まで、古きよき昭和の習慣を保っていた会社でした。

その中でも一番、今では考えられないと思うのは、

「掃除当番」お茶当番」です。


まずは、「掃除当番」について。

その会社では、事務所の掃除を外注しておらず、
女子社員が当番制で、事務所の掃除をしていました。

入社してまず最初に先輩女子社員に指示されたのは、
この、掃除当番についてです。

事務所の机を掃除する当番と、トイレ掃除の当番があり、
その部署の女子社員で、一週間交代で当番をまわします。

当番の人は、始業時刻の30分前に来て、机なりトイレなりを掃除します。

そして驚くべきことに、なんと、この掃除当番には、

30分の残業手当がつくのです!

そして、この当番は、女子だけでまわします。

同じ新入社員でも、男子社員はこの当番制度に加えられません。

なんというムダ!

そして、なんという男女差別!

2重の驚きですね。

さて、その次はお茶当番」

普通、会社に入って「お茶汲み」と言えば、
来客時のお茶だしの事だと思いますよね。

もちろんその会社では、来客へのお茶だしは女子社員の仕事でした。

男子新入社員を訪ねて、お客様がやってきて、
もし、その部署に、女子新入社員がいなかったとしたら、
先輩の女性社員が、男子新入社員のお客様の為にお茶をいれます。

とにかく、お客様へのお茶をだすのは、絶対に女性でした。

でも、その会社では、それだけではなかったのです。

その会社では、社内に、給湯器やコーヒーの自販機等が設置されておらず、
女子社員が、男性社員が休憩時間に飲むお茶やコーヒーも準備していました。

そして、それを部署内の女子社員の中で当番制にしていたのです。

まずは朝、始業開始後(9時)に、事務所の皆さんにお茶を一杯。

その後、10時半に、皆さんのお好みでコーヒーや紅茶など。

昼食時には、自席で食事をとる方々にお茶。

午後3時には、再度、皆さんのお好みでコーヒーや紅茶など。

当番の人が、その部署全員分のお茶をいれまくります。

こんなのやってたら、仕事になりませんよねえ。

そして、この当番も、女子だけでまわすのです。

なんたるムダ!

そして、なんたる男女差別!

もうねえ、毎日会社に、掃除とお茶汲みしに行ってるようなものでした。

一応、大卒なのに。。。

そんなに高くはないとはいえ、大卒女子のお給料を払っている従業員の
貴重な終業時間を、そんな仕事で消費してしまう会社。

当番をまわすのが、新入社員だったら、まだ分かります。
新入社員は、まだ戦力になってないですからね。

でも、その会社では、女子社員で当番をまわしていたのです。

もう、充分戦力になるはずの、入社して3年目とか5年目の人も、
女子社員というだけで、かなりの時間を、当番に費やしていたのです。

太っ腹というかなんというか。

無駄金垂れ流しというか。。。

ワタシとしては、そんな仕事は外注して、
もっと時給の安い人にやってもらったらよいと思うのですがねえ。

一旦正社員にしてしまうと、人件費として見えにくくなるから、
会社としては、節約していたつもりなのかもしれません。

そんな風に、正社員の時間を無駄遣いできたのは、
昭和の、高度経済成長期からバブル時代までだったと思います。

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Saturday, 20 April 2019

「働き方改革」の名のもと、罫線オジサンに宣戦布告します。

近年、ゆとり教育を受けて育った若者が会社に入社するようになり、

「これ、ボクの仕事っすか?」

業務指示に対して、こう返してくる若者の扱いに、
困ってしまって「ワンワンワワン」という中年。

という構図がよく見られるようですね。

「上司の指示には疑問を持たず服従」というバブル世代サラリーマン。

「万年下っ端社員で、部下を教育した経験がない」まま
中年になってしまった氷河期世代サラリーマン。

同じ中年と言っても、毛色は少々異なりますが、
困ってしまって「ワンワンワワン」には変わりがないようですが。

でも、ワタシは思うのです。

昨今、巷で問題になっている「働き方改革」のために必要なのは、

「これボクの仕事っすか?」という視点ではないかと。



上司から仕事を一つ指示されました。それに対して、

「これワタシの仕事っすか?」と言いたくなるのは、こういう時です。
  • ちょっと無茶ぶり?
  • ただでさえ忙しいのに。
  • 他にやる人いないの?
  • だいたい、その仕事、そんなに重要?
さて、これらを一つずつ見ていくと、

  • ちょっと無茶ぶり

→ 職務ランク(給与ランク)・職務内容に合致しているのか?
 つまり、それだけの仕事をさせるに見合ったお給料を払っているのか?
 ジョブ・ディスクリプションの範囲内か?

  • ただでさえ忙しいのに。

→ 仕事量は適正か?
 部下の仕事量を把握しているのか?
 残業させる場合になった場合は残業代が払えるのか?
  • 他にやる人いないの?
→ 職務ランク(給与ランク)・職務内容・仕事量を総合的にみて、
 他にもっと適任者はいないのか?

ここまでは、管理職の管理能力の問題ですね。

そもそも、管理職の仕事は、部下を管理する事なんですから、
適正に仕事を割り当てられないという事は、管理職の能力不足です。

でも、それより何より重要なのが、
  • だいたい、その仕事、そんなに重要?
→そもそも、その仕事は本当に必要なのか?
 さして重要でもない、無駄な仕事を部下にさせていないか?

まずは、そこを検討する必要があると思います。

つまり、「これワタシの仕事っすか?」という質問は、

適正な仕事の割振りがなされているか?
その仕事は、本当に必要なのか?

という、二つの意味がこもった質問なのです。

「働き方改革」を進める上では、
特に、二番目の質問が重要になると思います。

日本の、特にバブル世代の「上司の指示には疑問を持たず服従」オジサンたちには、
ここらへんの意識を改革してもらう必要があると思うのです。

そして、「上司の指示には疑問を持たず服従」オジサンの共通点は、
「資料に挿入された図表の罫線の書式にこだわる」ことなんですよね。

ワタシは個人的に、こういうオジサンを罫線オジサンと呼んでいるのですが、

あんた達、無意味な仕事を増やしてることを自覚してるのか!

こういうオジサンに限って、
「罫線を直すなんて一分でできる」って言うんですよ。

でもね、罫線を直す事自体は一分もかからないかもしれないけど、
ファイル開けて、該当箇所にいって、罫線なおして、再印刷してってやってたら、、、

一分ではできません!

最低でも、2~3分はかかります。

10回やったら20~30分。20回やったら40~60分。

それは小さな訂正ですが、チリも積もると一時間にもなるのです。

そして、それを訂正しなかったと言って、
何人の他人が困るのでしょう?

数字が間違ってるとか、言い回しが誤解を与えるとか、
そういう内容を訂正するのではなくて、単なる、罫線の太さですよ!

ワタシは、「働き方改革」の名の下に、罫線オジサンに宣戦布告いたします!

自分の気分で、部下の仕事を無意味に増やすのは止めてください!

Thursday, 18 April 2019

新卒で就職した会社の思い出(1)就職活動

良くも悪くも、昭和な会社でした。

ワタシが大学を卒業をしたのは、確か1995年3月だったかなあ。
大分前の事だから、忘れちゃったよ。

でも、唯一つ忘れないのは、ワタシが就職活動をした1994年は、
今、話題になっている、就職氷河期がちょうどはじまった頃だったという事。

確か、ワタシの3年先輩くらいまではかなり売り手市場だったけれど、
2年先輩くらいの頃から、ちょっと雲行きが怪しくなり、
1年先輩の時には、さらに怪しくなり、
ワタシが就職活動した年は、出生数が多い年であった事もあいまって、
「最悪の年」だといわれていました。

でも、結局の所、フタを開けてみたら、
ワタシの年が「最悪の年」だったのは、それ以前と比べての事で、
その後、数年間「最悪の年」が続いたのですが。

まあ、それは置いといて。

その、当時としては「最悪の年」に、さらに輪をかけて、
「4大卒女子」という最悪のスペックであったワタシ。

就職活動は、人生始めての左折挫折であったといって過言ではありません。

それまでは、つまり学生時代は、まじめに勉強して良い成績をとっていれば、
男女なんて関係ありませんでした。

でも、就職活動では、ワタシより学歴も成績もイマヒトツなヤロウが、
野郎だという事だけで、良い会社に合格していくのですよ。

「世の中には、自分の努力ではどうしようもない事が存在する」

って事を、人生で初めて、身にしみて感じました。

それまで、その事を感じなかったのが、幸運だったのかもしれませんが。


というワケで、就職活動には苦労したのですが、
そこはまあ、「立ってる者は親でも使え」といいますか、
コネでも何でも、使えるものは、なんでもかんでも総動員して、
なんとか地元の中堅の会社に正社員として就職しました。

その会社が、まあ、なんとも昭和な会社だったのです。

そもそも、ワタシをコネで採用してくれたと言うこと自体が、昭和的でした。

昭和の終わり、バブル経済の頃なんかは、女子社員の採用には
コネが大きく幅を利かせていたんですよ。

特に商社などでは、採用された女子の大半は、
男性社員のお嫁さん候補でしたからね。

バブル経済の中、馬車馬のように働きまくる男性社員たちは、
忙しさのあまり、女の子と出会う機会がないので、
「それなら社内で見つけてください」と、
会社がお嫁さん候補を雇っていたのです。

当時、女子の就職に最強のスペックは、

適当に教養があって、見た目がよくて、身元のしっかりとしたお嬢さん。

学歴は、低すぎたら困るけど、高すぎる必要はない。
それよりも、身元のしっかりした女性が好まれたという印象があります。

だから、「コネならば、少なくとも身元がしっかりしているので安心。」
ということで、女子社員の採用には、コネがブイブイいわしてたのですよ。

思ったより長くなりそうなので、つづく。

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新卒で就職した会社の思い出

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新卒で就職した会社の思い出(3)男子・女子

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Tuesday, 16 April 2019

ワタシが新卒で就職した会社を辞めた時

新卒で就職した会社を辞めた時の思い出。

毎日毎日仕事に終われ、心も身体も疲労困憊していたワタシ。

こんな感じで定年まであと20年も働くなんて、
考えるだけで気が遠くなるように感じられ、
強く拒否反応を示すようになったワタシは、このままではいけないと、
とりあえず状況を変えなければと思い、退職しようと思いました。

転職先を決めないでの退職です。

退職後は、しばらく無職でブラブラするつもりで、
悩める子羊のワタシは、色々な働き方や行き方について
インターネットで読みあさっていました。

その時にはもう、家族にも宣言して賛成してもらい、
99パーセントすっかり退職するつもりになっていたのですが、
ある日、週に2日働いて5日休みという、一般的な正社員とは
正反対のパターンで働いている人についての記事を読んだのです。

そして、そういうのが、世間ではセミリタイアと呼ばれていると。

それもいいなあ。。。

そう思ったワタシは、それ以降、
色々なセミリタイアブログを訪問するようになりました。

セミリタイアブログの中には、セミリタイア準備中の方も多く、
たまに、そういう方々のブログが、

「今、まさに会社を辞めんとす。」

という状況の実況中継みたいになることがあります。



そんな実況中継ブログを読んでいると、はるか昔、
ワタシが初めて会社を辞めた時の事を思い出してしまいます。

ワタシが新卒で就職した会社を辞めたのは、2000年の7月、
約19年も前の事です。

その年の夏から英国へ語学留学しようと決意していたワタシは、
年明け早々から、いつ、上司に退職の意を伝えようかと悩んでいました。

なるべく早く、と思うのですが、イザ上司を目の前にすると、勇気がでません。

毎日毎日、会社から帰ってきては、

「ああ、今日も言えなかった。。。」

という日々がつづいていました。

退職の意を伝えるのって、ホント、愛の告白くらい勇気がいるんですよ。

ある日とうとう、上司と二人きりになったタイミングで、
「今だ!」と思い、その話題を切り出しました。

その日のスッキリとした気分と言ったら!

長年の便秘が解消したような気分でした。

約19年経った今、セミリタイア(準備中)ブログで退職実況中継を読み、
そんな、はるか昔の自分を思い出しているワタシ。

昔を懐かしむと共に、今、まさに会社を辞めようと思いながらも、
なかなか言い出せずに悩んでいる方々に、エールを送りたい気持ちです。

日本社会は、会社員生活をドロップアウトする人間に冷たいですが、
ワタシは、周囲の声に惑わされず、自分の選んだ道を進む人達を応援しています。

Wednesday, 26 December 2018

氷河期世代のはじめ、バブル崩壊二年目に就職活動をしたワタシ

ワタシは氷河期世代の初め、第二次ベビーブーム真っ盛りの世代です。
四年制大学を卒業したのですが、当時は四大卒女子の就職は大変でした。

ワタシが就職活動をしたのは、バブル経済がはじけ、
企業が新卒の採用を控えはじめて二年目の年。

新卒採用は控えながらも、企業の根本的な考え方は
まだまだバブリーだった時代です。

当時の企業の女性社員に対する期待は、
腰掛けで働いて、ゆくゆくは男性社員の結婚相手となって寿退職、
もしくは出産退職することだったような印象があります。

バブル時代、男性社員は、まさに「24時間働けますか」という感じで
長時間労働に耐えており、馬車馬の様に働かされていましたので、
忙しくって結婚相手見つけることが出来なかったのですね。
なので、会社が代わりにお嫁さん候補を見つけてたんですね。

なので、女子社員の選考については、
  • 家族構成
  • 自宅通学(学校に自宅から通っているか)
  • 自宅通勤 (その会社に就職した場合、自宅から通えるか)
この3点が、けっこう大きな比重を占めていたかと思います。

クソクラエって感じの条件ですよね。

そして、結婚または出産で退職する事を考えると、
四年制大学卒だと、結婚適齢期までの期間が短すぎる。

いくら腰掛けだとしても、ある程度の期間は働いて欲しいということで、
短大卒が好まれたのですね。


そもそも当時は、育児休暇をきちんと整備・運用している会社なんて
ごく少数だったので、公務員以外で女性が長く働くということは、
イメージしにくい世の中でした。

頑張って勉強して、大学時代までは男子生徒よりも成績も良かったのに、
いざ就職活動となってあからさまに男女差を見せつけられて、
人生で初めて壁にぶつかったというか、悔しい思いしたものです。

もう、四半世紀も前の話ですが。

今の日本では、新卒の就職活動については売り手市場なようですね。
新卒の女性に関しても、男性社員のお嫁さん候補として
採用されているわけではなさそうです。

それでもやっぱり、40代半ば以上の女性が、子育てが一段落して
再就職先を探す場合には、苦労されているようです。

結婚前に正社員での職歴が数年あっても、それは腰掛けとみなされて、
高く評価されないのかもしれません。

でも、今の40代半ばの女性って、新卒で就職活動した時は
腰掛け前提でしか採用してもらえなかった世代なんですよ。

なのに今になって、昔の職歴は腰掛けでしかないから
評価しないって、ひどいと思いませんか?

ワタシは、ひどいと思う。

世の中というものは、基本的に不公平だという事は分かっているけれど、
だから、仕方がないことなんだということは分かっているけれど、
でもやっぱり、売り手市場の時に新卒として就職活動できる年代を、
羨ましく思ってしまう気持ちは隠せません。

せめて、今の日本が、もうちょっと敗者復活戦が可能な社会に
なってくれたらよいのですがねえ。

Tuesday, 25 July 2017

A Letter To Elise

早期リタイアと言いますか、
まあ、なんやかんや言って、しばらくしたらまた仕事を探すと思うので、
厳密には早期リタイヤではないのですが、

10年以上働いた会社を退職。まあ、お別れですね。
お別れというキーワードが影響しているのですが、
近頃、私が若い頃に大好きだった バンド、The Cure の
A Letter To Elise が頭の中をぐるぐるしてます。

歌詞は、こんな感じ。

The Cure のボーカル特有の、泣きそうな声でこの歌を歌うと、
心にグッとくるのです。

The Cure は、私が大学生の時に大好きだったバンドで、
その中でも、この曲が一番のお気に入りでした。

特に、失恋した時に、ずっとこの曲を聴いてたと思う。

(歌詞:Google Play Music より引用)

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Oh Elise it doesn't matter what you say
I just can't stay here every yesterday
Like keep on acting out the same
The way we act out
Every way to smile, forget
And make-believe we never needed
Any more than this
Any more than this

Oh Elise it doesn't matter what you do
I know I'll never really get inside of you
To make your eyes catch fire
The way they should
The way the blue could pull me in
If they only would, if they only would
At least I'd lose this sense of sensing something else
That hides away
From me and you, there're worlds to part
With aching looks and breaking hearts
And all the prayers your hands can make
Oh I just take as much as you can throw
And then throw it all away
Oh I throw it all away
Like throwing faces at the sky
Like throwing arms round

Yesterday, I stood and stared
Wide-eyed in front of you
And the face I saw looked back
The way I wanted to
But I just can't hold my tears away
The way you do

Elise believe I never wanted this
I thought this time I'd keep all of my promises
I thought you were the girl I always dreamed about
But I let the dream go
And the promises broke
And the make-believe ran out

So Elise
It doesn't matter what you say
I just can't stay here every yesterday
Like keep on acting out the same
The way we act out
Every way to smile
Forget and make-believe we never needed
Any more than this
Any more than this

And every time I try to pick it up
Like falling sand
As fast as I pick it up
It runs away through my clutching hands
But there's nothing else I can really do
There's nothing else I can really do
There's nothing else I can really do

At all

Monday, 27 March 2017

本を読んだよ!って話からの昔話。雇用調整ってものにあったことがある。

本読んだって威張ってますが、絵本です。」


お気に入りの絵本です。
本の感想は、読書日記の方に書いてます。

昔、図書館で絵本を読んでいた時間を懐かしく思い出しながら、
楽しく読みました。

って、子供のころの事を思い出しているのではないですよ。

私、英国に来る前に日本で6年ほどOLをしていたのですが、
おりしも、バブルがはじけた直後の日本、
何とか就職できたは良いものの、景気はどんどん悪くなっていく。

そしてそんな経済状況の中、私が働いていた会社は、一種のリストラ、
従業員の就業時間を減らして支払い給与を減らす、つまり雇用調整を実施したのです。

でも、雇用調整によって減るお給料は
ある程度雇用保険(失業保険といったほうが分かりやすい)により
補填されていました。なので、まあ、節約したら何とか持ちこたえる事ができる、
という程度の給与減額ですんだのですが。

そんな状態なので、まさに、お金は無いけど時間がある。
という生活に突入いたしましたわけです。

なので、会社が雇用調整で休みの日には、図書館に行って
絵本を読んでいたのです。

雇用調整で休みの日。

つまり、会社から仕事に来ないでくださいって言われた日。

他の人なら、そんな日には何をするのでしょう?

私の場合、図書館に行って好きな本を読んでいたのですが、
これは、本が好きで時間があってお金が無い人には、
最高の時間の過ごし方の一つだと思います。

でも私の場合、気楽な実家暮らしのOLだったから、楽しい図書館通いですんだけど、
家族の生活を支えている人だったら大変だったろうなあ。

そんな事をつらつら考えつつ。

当時の私の図書館の思い出は、原因を考えたら決して単純に
楽しかったといえるものではないのですが、

それでも、私にっては、楽しい時間であったと思います。

少なくとも、図書館で本を読んでいた時間は、楽しかった。

そして、今も私は、図書館が大好きです。
図書館という、存在が好きです。

本の虫だった私は、ずっと前から図書館が好きだったけど、
雇用調整時に、図書館に通ってから、さらに図書館が好きになったのです。

本来、本って凄いものです。

著者が、色々な経験や思考を通して、長い時間書き上げたものを、
ものによってはたった数百円から売りに出しているわけです。

本って、知識の凝縮形態です。

そして図書館って、そん知識の凝縮形態を、無料で開放しているのです。

こんなすばらしいものがあるのでしょうか?

私は図書館に行くと、いつも一種の興奮状態に陥ってしまいます。

この建物の中の本は、どれでも、私が読みたいと思ったら読めるのだ、
と、思うと興奮してしまうのです。

話がそれました。

THE GRUFFALO

ちなみに、これは買った本です。
(私も、今は気に入った本は買うくらいの経済力があるのですよ。)

これを読んで、図書館が大好きだった昔の自分を思い出しました。
雇用調整されていた状況さえ楽しめた自分を、思い出しました。

Friday, 4 November 2016

夫と出会った経緯 (思い出)


現在、古いブログからの記事の移行をゆるゆるとやっています。

3年半前の私は、どうやらミャンマー特集をしていたようで、
やたらミャンマーについての記事が多いのですが、
その中で、夫と出会った経緯について、つらつらと書きなぐっていたようです。

夫との出会い(1)
夫との出会い(2)
夫との出会い(3)
夫との出会い(4)

4部作も書いたのか!と自分で自分に驚きましたが、
一つの記事が短いので。

私のブログは、本当に不定期更新で、気が向いた時にババーっと何回か更新して、
仕事などが忙しくなったらピタッと止まる、を繰り返してきました。

一年以上更新しなかった時期もあります。

でも、たとえ不定期でもボチボチと書いてきたものが、ある程度の量になってきました。

そしてこうやって、昔に書いた記事を読み返してみると、
当時どんな事があって、その時自分は何を心配したり考えたりしていたのか、
いろいろな事が思い出されてきて、なかなか感慨深いです。

外国生活は、楽しいようでつらいこともあって。
そんな中で少しでも自分を表現しようと始めたブログですが、
ブログって、未来の自分の為に書いているんですね。

今後も、気の向いた時・不定期更新になると思いますが、
それでも、どんなに更新の間が空いても、また、戻ってくると思います。

毎日、面白い記事を更新して数多くの読者に読んでいただくだけが、ブログではありません。

私のブログのようなブログの在り方も、有りだと思います。