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Wednesday, 8 April 2026

牛乳の膜

牛乳の膜。突然なタイトルですね。

温めたミルクが冷めてきたら、表面に薄い膜がはりますよね。

あれって、好きですか?

ワタシは嫌いです。

湯葉は好きなので、湯葉みたいなものやと思えば良いのでしょうか、湯葉みたいな高級食材を経験したのは大人になってから。まあ言えば。大人の味です。

対して、牛乳の膜は、子供の頃から経験する食べ物。

コーヒーとか紅茶が飲めるようになる前は、ホットミルクですからね。

幼児体験で、なんかイヤやなあと思ってしまった食べ物は、なかなか好きにはなれないのです。

でもどうやら、ミャンマー人は、好きらしい。

不思議な人達や。

でもまあ、不思議ではあるけれども、人の好き嫌いに文句付けてもしょうがないし、そこはまあ、好みの相違という事で受け入れましょう。

ワタシがちょっと引いてしまったミャンマーx牛乳の膜エピソードは、そこではありまえん。

そう、話はそこでは終わらないのです。

ミャンマーでは、大きなお鍋ミルクを温めて売る、ホットミルク屋さんがみたいな屋台があるらしいんですが、そんなお店でホットミルクを買って、膜が入っていたら、ラッキーらしい。

なんか得した気分になるんやって。

なのでお客さんによっては、膜入りをリクエストするらしい。

「ホットミルク、牛乳の膜入りでね!」

うわあ。日本人からしたら、たまらん注文やなあ。

でも、そんな注文、受けた方もこまりますよねえ。

牛乳の膜は、そんなにいつもあるものでは無いやろうし。

「ある時」と、「ない時」がある。

では、ない時は、お店の人はどうするのか。

まあ、普通ならば、「ごめんね~、今、切らしてんねん。」

小狡いお店は、安物の薄いティッシュを液面に落とすとか。

えええ。

確かに、薄いティッシュをホットミルクの液面に落としといたら、飲んだ人は牛乳の膜やと思うやろうけど。

全くもって、不思議な人達や。


YouTube やってます。

今までの動画では、ナレーションはもっぱら夫(ミャンマー人)がやってましたので、すっかりミャンマー語動画になっていたのですが、今回はワタシも少し日本語でしゃべりました。

ミャンマー語が分からないワタシと、日本語が分からない夫(ミャンマー人)で協力して、頑張ってミャンマー語字幕もつけた!

為せば成る!

木は森に隠されているの回です。


Sunday, 28 May 2023

チャリティーを反対方向から見る、こうなるんだねえ。

 今日、夫とのウォーキング中に、ふと、夫が若い頃(ミャンマーにいた頃)、リーバイスのジーンズを手に入れるのがどんなに難しかったか、どんなに努力したかという話になりました。

過去記事でもちょいと触れてます。

一枚の古いデニムシャツ https://floatingonwatermeditate.blogspot.com/2020/07/blog-post_23.html

つまり、(チャリティーに寄付された物資の中で、質の良いものは、本当に困ってる人たちの元には届かず、中抜きされてチャリティー流れの物資を売るお店で売られるのです。

そして、夫のような発展途上国の中産階級の子弟達は、アメリカ文化に憧れ、リーバイスのジーンズに憧れ、なんとか手に入れようとチャリティー流れの物資を探すわけなんですが、先進国(アメリカとか)から寄付されるジーンスは、自分達東南アジア人のサイズに合わない。

当時、身体に合うTシャツを着られるのは、お金持ちだけだったそうな。

チャリティー流れのお店でせっかくリーバイスのを見つけても、自分の身体に合わない。でも、ミャンマーには服のお直しをしてくれるお店が沢山あるので、そういうところに持って行くわけですが、あまりにもサイズの違うものをお直しすると、全くラインが違うものになってしまうわけですな。ジーンズなのに。

その苦労もなかなか涙なしには聞けませんが。やはり気になるのは、チャリティー団体にて、寄付として集められた物資の行く末。

チャリティー団体っていうのは、良いことばかりじゃないって事です。

でも、ワタシ達のような個人が、どれだけ困っている国の人達を助けようと思っても、自分達にできる寄付金程度の金額では、自分が実際に現地に行ってお金や物資を手渡すことはできないのです。

お金もなければコネもない。

だから、たとえ寄付したお金や物資の大部分が、チャリティー団体の運営資金になったり、中間業者に中抜きされていようとも、ワタシ達には、少しでも信頼できるチャリティー団体を探して、そこに託すことしかできないのです。



Tuesday, 31 January 2023

ミャンマーのミネラルウォーター疑惑

東南アジアあるあるの一つに、売られているペットボトル飲料の内容量がマチマチ、というのがあります。

今までは、「さすが東南アジアだな〜」くらいにしか思っていなかったのですが、ある日、ミャンマーで、見てしまったのです!

ペットボトルやウォーターサーバー用の水の卸売りのような感じのお店の店先で、オフィスなどにあるようなウォーターサーバー用の大きなボトルに、お店の人が、手で、水をボトル詰めする姿を!

流石にこれには、夫(ミャンマー人)もドン引き。

なぜなら、夫のお母さんも、家でウォーターサーバー使ってるのです。

あまり衛生的ではないような気がするので、使うのやめた方が良いとお母さんに進言した方が良いかも。

そこでワタシに、ある疑惑がムクムクと湧き上がりました。

東南アジアあるあるの、水位がマチマチのペットボトル飲料も、もしかして、手でボトル詰めしてるとか?

ちょうど、ホテルで毎日無料でもらえるペットボトルの水が、未開封で2本あったので確認してみたら、案の定、こんな感じ!


右側の水位はキャップの少し下の辺りですが(ペットボトル飲料としては、普通の水位)、左側のは、キャップギリギリまで入っています。

キャップギリギリって、ペットボトル飲料の水位としては、ちょっとおかしい。案の定、開けたら水が溢れたよ。

夫に見せた所、

夫 : この程度なら、誤差だ。

ワタシ : えええ!誤差!(さっきはドン引きしてたくせに、これはええんかい!)

結局、この疑惑は解決すること無く、疑惑のままに終わるのです。

東南アジアでは機械も適当なのか、まさか、人件費が安い事を良いことに、手でボトル詰めしているのか。

いやいやいや、いくらなんでも、市販の500ml程度のペットボトルを手詰めするのは、無理!

無理なはず!無理であってほしい!

きっと、東南アジアに持って行くと、機械も適当になるのです。



Wednesday, 2 June 2021

ココナッツウォーターの思い出

ワタシが始めてミャンマーを訪れたのは、いまから14年前、2007年のことでした。

当時のミャンマーは、民主化前の軍事政権の真っ只中。

気軽に観光旅行にいける雰囲気ではなかったのですが、義父の病状が思わしくなく、「今行かなかったら後悔する!」とミャンマー行きを決行したのです。

そんな状態ですので、ミャンマー到着後は、夫は病院で義父につきっきり。

ワタシはその間、ホテルでお留守番をしていたのですが、そんなワタシをかわいそうと思ってくれた夫の叔父が、いろいろヤンゴンやその近郊に連れ出してくれました。

ある日、河の中に立つパゴダに連れて行ってもらったのですが、パゴダへ向かう渡し舟の乗り場の向かいに、ティーショップがありました。

その日も暑い日で、ちょっとバテていたワタシを見て、叔父さんが、ちょっと冷たいものを飲もうと、そのティーショップに入りました。

すると、10歳にも満たないくらい、多分7歳か8歳くらいの女の子が、フレッシュココナッツウォーターを熱心にセールスしてきます。

叔父さん、日本人であるワタシにとって、フレッシュココナッツウォーターは珍しいだろうと、あっさりとお買い上げ。

でもきっと、小さな女の子がセールスしてきたというのも、影響していると思われます。

さて、注文を受けたその女の子、おもむろにココナッツと鉈をもってきて、ワタシたちの目の前で見事な手さばきで鉈をバンバンふるってココナッツを割ってくれました。

小さな女の子の豪快な鉈さばきによって手際よく割られたココナッツ。

ココナッツウォーター自体は、そんなに美味しいものではありませんが、その光景が、ワタシの心の中に、鮮明に記憶されたのです。

その2007年ミャンマー訪問の直後に義父が亡くなり、当時のミャンマーの政治情勢も、けっして安定はしていませんでしたので、義父が亡くなった後しばらくの間、ワタシたちがミャンマーに戻ることはありませんでした。

その後、ワタシたちがミャンマーに里帰りを始めたのは、ミャンマーの民主化が始まった2012年のことでした。

2012年以降は、1年か2年に一度くらいの割合でミャンマーに里帰りしていたのですが、2007年に叔父さんに連れて行ってもらった、河の中に立つパゴダを再訪する機会はありませんでした。

あれは、2016年の年末の事。

ミャンマーでは、自分の誕生日に僧院に昼食を寄付するという習慣があります。

僧院で修行する僧侶や、出家はしていないけど、僧院にこもって瞑想修行をしている人達の為の昼食を寄付するのです。

ちなみに、「昼食」を寄付すると言っても、自分たちで料理するわけではありません。

寄付するのは、昼食代。その日の昼食の費用を持つわけです。
お金で解決するわけですな。

寄付した人がちょいと奮発したならば、その日の昼食がちょっと豪華になったりする。

ところで、僧侶の昼食は、早いです。

なぜなら、僧侶は正午から翌日の日の出まで断食しなければならないから。
午前11時前には食べ始めて、11時半には食べ終わっています。

なので、僧院への昼食の寄付は、半日仕事ではあるのですが、主に午前中のアクティビティであります。

無事、食事が終わり、寄付者が僧院の偉いお坊さんにお祈りしてもらうセレモニーも終わって「さあ、ヤンゴンへ帰ろう」という段になって、夫が「この先に、河の中に立つパゴダがあるんだ。ちょっと足をのばして行ってみる?」と提案してくれました。

その僧院は、ヤンゴンからみて、昔、叔父さんが連れていってくれた河の中に立つパゴダへの道中にあったのです。

「その僧院、ワタシ、昔行ったことあるよ~。叔父さんが連れていってくれたんだよ~。懐かしいから、また行きたい~。」

というワケで、ちょっと遠回りをして帰る事に。

その、河の中に立つパゴダも、パゴダへ向かう渡し舟も、船乗り場の向かいにあるティーショップも、ワタシの記憶のままでした。

そして、パゴダ参拝を終えて渡し船から降りたワタシは、やっぱり暑さにバテておりました。

そして夫は、やっぱり叔父さんの甥なんやなあ。

暑さにバテているワタシをみて、ちょっと冷たいものを飲もうと、渡し船の乗り場の前のティーショップに入りました。

そこでは、7歳か8歳くらいの小さな女の子が働いていて、フレッシュココナッツジュースをセールスしてきます。

夫は、せっかくだからと、あっさり一つ注文。

なんか、デジャブー。

やっぱり、叔父さんと甥や。

女の子は、素晴らしい鉈さばきでココナッツを割ってくれました。

女の子が割ってくれたココナッツジュースを飲みながら、ワタシは言いました。

「昔、2007年に来た時、叔父さんがワタシを色々な所に連れて行ってくれて、それでここにも来たことがあるんやけど、その時も、叔父さんがこのティーショップでフレッシュココナッツジュースを注文してくれたの。

その時も、あの女の子と同じくらいの年頃の女の子がいてねえ、その子がココナッツを割ってくれたの。

このお店には、いつも働き者の娘さんがいるんやねえ。」

それに対して、夫がとても言いにくそうに言いました。

「いや。あの女の子は、このお店の娘ではないと思うよ。奉公人だよ。多分、10年前にいたという女の子も奉公人だよ。」









それ以降、ワタシは、ミャンマーで働いている子どもの姿が気になって仕方がなくなったのです。

ワタシはそれまで、チャイルドレイバーという問題が存在することは知っていたけれど、それはどこか、テレビとかインターネットのニュースと通してしか知ることの無い、遠い所で起こっている出来事だったのです。

多分、ミャンマーを訪れる多くの日本人旅行者は、飲食店で働く子ども達を見て、「家の手伝いをしてる良い子たちだな」ぐらいにしか思っていないでしょう。

なぜなら、普通の日本人の感覚では、10歳にも満たないような子どもが、お金を稼ぐためにお店で働いているとは考えにくいことだから。

そんな年齢の子どもたちなんですよ。

田舎町の、その辺りでは一番の観光地の真ん前にあるティーショップ。

だから、ワタシが2007年に行ったお店と2016年に行ったお店は、ほぼ100%、同じお店だと思うのですが、その主人の一家に、常に10歳に満たないくらいの女の子がいて、お店を手伝っているというのは、あまり考えにくい。

でもお店にとっては、彼女たちはけっこう良い労働力なんだと思います。

まず第一に、とても安い労働力だろうし、外国や都会から来た環境客は小さい女の子にセールスされたら、財布のヒモも緩んでしまいます。

なので、小さな子供がいる親が食い詰めてしまって、子供を奉公に出さなくてはならなくなった場合に、小さな女の子を引き受けているのかもしれません。

そう思って見てみると、ミャンマーのお店には、奉公人と思われる小さな子供が沢山働いています。

というか、そのお店の息子・娘がお手伝いしていると思っていた子供は、すべて奉公人だろうとの事です。

奉公に出された子供たちは、ある程度の年齢になれば、工場などで雇ってもらえるかもしれません。

そうすれば、少し生活は安定するのでしょうか。

でも、小さい時から学校にも行く事もできずに働いて、教育を受けてないから、大人になっても、お給料が安い仕事にしか就けない。

悪循環です。

やるせない気持ちになってしまった、ココナッツウォーターの思い出なのです。


Monday, 31 May 2021

乾季のミャンマーはほこりっぽい。

昨年から続くコロナ禍も収まらない内に、今年二月にはクーデター勃発という、踏んだり蹴ったりのミャンマー。

夫(ミャンマー人)はいつも言います。

「ミャンマーは、呪われている。」

地下資源も豊富だし、気候も農業に適しているし、普通にしてたら、かなり裕福な国になれるはずなのです。

戦前は、ビルマはアジアのライスボールと呼ばれ、ラングーン(今のヤンゴン)のインヤー湖湖畔に位置する「インヤーレイクホテル」や、川沿いのストランドロードに建つ「ストランドホテル」は、近隣アジア諸国のなかで、最も高級なホテルと言われていたそうです。

なのに、なのに。

どうして今は、アセアンで最下位を争う貧乏国になってしまったのか。

それは、1962年の国軍によるクーデター以降、クーデターとデモと弾圧が繰り返されてきた不安定な政情と、気まぐれで利己的で国民の事を顧みない軍政に対する、国民の不信感によるものではないかと思います。

一夜にして国政がひっくり返ってしまう。

もしくは、今まで使っていた紙幣が使えなくなってしまう。

そんな事がいつ起こってもおかしくないようなような状況では、国民の意識は刹那的になり、長期的にものを考える事をやめてしまいます。

とりあえず、今さえよければ良い。

「皆で力を合わせて国を発展させていこう」という方向に考えが向けるためには、将来への希望が必要なのです。

国民がやる気がないのに加えて、政府は私腹を肥やす事しか考えていないので、適正な公共投資が行われていない。

ところで、貧乏な国っていうのは、道路がデコボコです。

道路がデコボコなのは、国の貧しさを測る物差しではありますが、それと同時に、政府がどれだけ国民の為にお金を使っているかという物差しでもあると思うのです。

ミャンマーの道路はデコボコです。

走ってる車も古いのが多いので、サスペンション(っていうんですか?)も、ほぼ機能していないので、地面からの衝撃を、もろにお尻で受ける事になります。

普段は車酔いがひどいワタシも、あまりの揺れにビックリして、酔わないほどの衝撃です。

一応、舗装してある道もそんな感じで穴だらけでデコボコだし、舗装してない道もたくさんあるので、ミャンマーはホコリだらけです。

おまけに、我が家が里帰りするのは春節の頃が多く、その頃のミャンマーは乾季の冬である為、殆ど雨が降りません。(ミャンマーでは、12月から2月くらいが乾季の冬)

二週間くらいの滞在だったら、傘なんて持っていかなくても大丈夫なくらいに降りません。

そして、冬と言ってもヤンゴンの日中は30℃以上になりますので、全然屋外プールで泳げます。

ちなみに、乾季の夏(3月から5月くらい)だと日中は40℃くらいになりますので、真昼間から屋外プールでは泳いでいられません。午前中か、夕方まで待つか。

そして、とにかく雨が降りません。

なので、ホコリが舞い放題。

ワタシは、乾季のミャンマーに行くと、必ずと言ってよいほど、のどをやられてしまうのです。

一度は、完全に声が出なくなりました。

気管が弱い人は、気を付けた方がよいです。

そんな、ホコリっぽい乾季のミャンマー。

お店ではぬいぐるみなんかが売ってたりするのですね。

でも、店頭に置いておいたら、すぐにほこりだらけになっちゃうよ。

新品のぬいぐるみがホコリだらけなのは、悲しい。

というわけで、ミャンマーでは、ぬいぐるみはこのようにして売られています。




えらい、体の柔らかいクマさんやなあ。

大変そうやけど、売れるまでのガマン!

このクマさんの努力のおかげで、購入した人は、ふわふわピカピカのクマさんをゲットする事ができるのです。

頑張れ、ミャンマーのぬいぐるみさんたち!

Monday, 26 April 2021

ミャンマーで両替の不思議

ミャンマーでクーデターが起こって以来、なんか暗い我が家です。

それでなくてもコロナ禍のせいで、長い間ミャンマーに里帰りできていないのに、今の状況では、コロナが収まっても、ミャンマーに里帰りできる見通しが立ちません。

そんな暗い気分の中、昔の里帰りの時に取った写真なんかを、つらつらを眺めてミャンマーを懐かしがっているのですが、旅行の写真って、ゆっくり見返してみると、色々と面白い写真が混ざっているものですね。

その時は、何か興味深いと思って撮ったんだと思いますが、あとで見ても、ぱっと見た感じ、なぜ撮ったのか分からない写真とか。

下の写真は、そんな中の一つです。



この写真、何かと申しますと、両替所のレート表なのです。

ミャンマーでは、日本円からミャンマーチャットへは両替できないため、一旦米ドルに両替して、現地でミャンマーチャットに再度両替する事になります。

イギリスポンドも、直接現地通貨に両替できないため(最近はできる所もあったようですが)、ミャンマー里帰りの際には、いつも前もって、米ドルに両替していました。

我が家のミャンマー里帰りは、大体、2週間くらいのお休みをとって、現地に10泊くらいします。

航空券はもちろんの事、ホテルもインターネットで予約してクレジットカードで精算しておきますので、現金が必要なのは、滞在中の移動にかかる交通費と食事代。

ミャンマー程度の物価の国で、現地の交通費と食事代なら、そんなに現金は必要ないと思われるでしょう。少なくとも、普通の観光客ならば、そんなに必要ないでしょう。

でも、我が家は一回の里帰りにつき、大体 2,000ポンド(30万円、2800米ドル)くらい両替するのです。

平均すると一泊あたり200ポンド(3万円、280米ドル)。

使いすぎ。

基本的には夫の実家があるヤンゴンに滞在しつつ、毎回、ヤンゴン外へ2~3泊程度のショートトリップに出るのですが、その費用が含まれているとしても、やっぱり使いすぎ。

だって、国内旅行の費用の内、ホテル代はインターネットで予約してクレジットカードで精算してるから。

なぜそんなにお金がかかるかというと、やっぱり、会食費というか、交際費かなあ。

夫の親戚や友人との会食には、お金を払うバトルが発生するのです。

勝者が全員分を払うという、恐ろしいバトルが…。

お金を払うバトルに連敗中の夫(ミャンマー人)

で、余った分は義母に渡してきますので、いつも帰りはすっからかんです。

まあそんな訳で、毎回 2,000ポンドほど米ドル現金に両替するのですが、いつも夫は、両替屋さんに、全部100ドル札で、新札をリクエストします。

夫が言うには、100ドル札でないと、両替のレートが悪くなるというのです。

そして、新札でないと断られたり、レートが悪くなったりすると。

普通ならば考えられない事ですが、まあ、ミャンマーやったらそういう事もあるのかもしれん。ブラックマーケットで両替するのかもしれんし。

と、ずっと思っていました。

そしたらまあ、ある日、上記の写真に撮った両替所のレート表を見かけたわけです。

思いっきり堂々と、お札の種類でレートが異なるレート表を。

BUYの方を見ていくと、USD(米ドル)は、

100ドル札(NOTE) 1523チャット/1ドル

50ドル札 1513チャット/1ドル

20ドル、10ドル、5ドル札 1473チャット/1ドル

2ドル、1ドル札 1463チャット/1ドル

なんか、通貨の両替というよりは、外貨のお札の売買という感じ?

お金を差別するな!

日本には、「一円に笑うものは一円に泣く」という言葉があるんやで!

と言いたくなりますが、ミャンマーの人にとっては、それこそ10チャット(日本円で1円弱)程度なら、笑うしかないのかもしれない。




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Thursday, 23 July 2020

一枚の古いデニムシャツ

夫(ミャンマー人)が、結婚前から持っているお気に入りのデニムシャツ。

古いけど、縫製もしっかりしていて、デザインも素敵。全然、古臭い感じがしない。

来た時のシルエットがすっきりしてるから、きっと裁断が良いのね。

ちょっとフレンチコネクションみたいな感じ。違うけど。

ふと、そのシャツを洗濯して洋服ダンスに片づける時に、夫に言いました。

ワタシ:このシャツ、結婚前から持ってるねえ。古いけど、まだまだしっかりしてるし、デザインも全然古臭い感じがしないし、高品質なシャツやねえ。

夫:ああ、それね。ミャンマーで買ったんだ。

よく見ると、昔々、ティーンネイジャーの頃の夫の写真の中に、そのシャツを着て写っているものがあります。

ワタシ:おお。そんなに昔に買ったのね。すごい長持ちしてるなあ。ミャンマー製の服は丈夫やなあ。

夫:いや、アメリカ製やと思う。このブランド、調べてみたらアメリカのブランドやった。

ワタシ:でも、あなたが子供の頃のミャンマーって、社会主義だったから外国の物資は入ってこなかったって言ってなかった?

夫:うん。ブラックマーケットで買った。

ワタシ:えええ。違法輸入品?

夫:ええーっと…。違法輸入というわけではないと思うよ…。(ここで少し、言いにくそうになる夫。)

ワタシ:なんか言いにくそうやなあ。なんで?

夫:つまり…その…

ワタシ:その?(問い詰めるワタシ)

夫:先進国で寄付された物資が、ミャンマーに届いた後、その一部がブラックマーケットに流れてるんだよ。寄付として受け取った物資のなかで、品質の良いものは、仲介者がくすねてブラックマーケットに売るんだと思う。

ワタシ:えええ。(絶句)

チャリティー団体の裏側の汚いところを、一枚の古いデニムシャツという形で、まざまざと見せつけられてしまったワタシ。

でも、この素敵なデニムシャツをブラックマーケットで見つけて買った10代のミャンマー人少年(夫)は何も悪いことはしていないと思う。

物資の乏しいミャンマーで、アメリカ製のカッコいいシャツを手に入れた少年は、そのシャツを着て得意げにカメラの前でポーズをとっている。

少なくとも、そのシャツは、その少年をハッピーにしてくれたし、その証拠に、その後30年も大事にしてるんです。

寄付してくれた人の思いは、十分に果たされたと思います。

ただ、彼はそれを寄付物資として受け取ったのではなく、ブラックマーケットで、お金を出して買ったというだけで。

仲介業者が悪いのです。

チャリティー団体ってのは、表ではカッコいい事言ってるけど、その中には「慈善活動」という名目で動く資金や物資のおこぼれにあずかろうと、寄生虫のように群がる輩が紛れているのです。

ワタシ:ああ。チャリティー団体なんて、信用できないものなんやねえ。

夫:そうだね。どんなに大きな組織の有名なチャリティーでも、大なり小なりそういう事があるのは仕方がないと思うよ。

ワタシ:でも、それでも、あなたはチャリティーに寄付してるよねえ。

夫:僕たちみたいな一般市民には、自分で現地にお金や物資を持っていくだけの力もお金もコネクションもないから、チャリティー団体に託すしかないんだよ。
10ポンド寄付したうち、1ポンドが困ってる人に届いたら良しとしないとね。

そうかあ。

チャリティー団体にはある程度汚い部分がある、という事を受け入れた上で、それでも、自分一人ではできないことだから、人に託すってことなのね。

ここで、チャリティー団体に清廉潔白を求めて、「もう寄付なんかしない!」っていうのは、ナイーブなのかもしれません。

キレイ好きは良いけれど、潔癖すぎると、それよりも大切なものを見失ってしまうかも。

お父さんの洗濯物を、自分の洗濯物と一緒に洗いたくない女子高生みたいにね。










Thursday, 4 June 2020

ミャンマー人にとっての瞑想は、日本人にとっての自転車に近い(ような気がする)

昨年、ワタシが初めて瞑想合宿に参加した時、周囲の反応が、日本人とミャンマー人で全然違うのに驚きました。


ワタシの家族や友人、会社の同僚にとっては、10日間の瞑想なんて未知の世界なので、みんな興味津々。

それに対して、夫(ミャンマー人)の友人達(ミャンマー人)は、「ちょっと人間ドックに入ってくる」と言った人に対するような反応です。

今年は、ワタシの周囲の人達も、二回目なのでそれほど驚きませんでした。
それででも、ワタシが一回目の苦しさに懲りずに、二回目に挑戦するという事に驚くというか、感心する人もいましたが。

日本人にとっては、「瞑想」というのはそれほど身近なものなのではないようです。

禅寺とかありますがね。

ワタシが子供の頃、ちょうど小学校に登校するために家を出るくらいの時間に、近くの禅寺の僧侶が托鉢で近所を歩いていたのですが、ワタシはそれが怖くて怖くて。

だって、黒い袈裟を着て藁の傘をかぶったお坊さん達が、何人も何人も、低い声で「オゥーーーーーーム」って唸りながら、縦一列に並んで練り歩いてるんですから。

近所のおばさんなんかは、その声を聞くと家から出てきて、お坊さんに寄付をしていましたが、子供心には、そんな僧侶達は恐怖の対象でしかなく。

「オーーーーー」のおじさんと呼んで、怖がっていました。

ワタシにとって、禅寺との初めての出会いは、そんな感じ。

当時は、彼らが、禅寺という種類のお寺で修行している僧侶で、朝に行列して練り歩くのは「托鉢」という修行の一貫であるという事を知りませんでした。

ましてや、彼らの修行の中に「瞑想」が含まれるという事も。

そういう事を学んだのは、その後、ずっと大きくなって、日本有数の禅寺の一つ、永平寺に見学に行った時です。

日本人にとって「瞑想」とは、禅寺で修行する僧侶が行う「特別」なものであり、一般人が日常に行うものではない、という印象があると思うのです。

でも、ミャンマー人にとって「瞑想」とは、とても身近なものなんですよねえ。

適当にミャンマー人をつかまえて、「瞑想のやり方しってる?」って聞いてみたら、殆どの人が、「知ってる」と答えるんではないでしょうか。

うちの夫(ミャンマー人)の様に、普段、日常的に瞑想している人となると、少し割合が減るかもしれませんが。

それはですねえ、なんとなく、日本人にとっての自転車のような感じなんですよ。

適当に日本人をつかまえて、「自転車乗れる?」って聞いてみたら、殆どの人が「乗れる」と答えるでしょう。

日常的に自転車に乗ってるかどうかは別として。

自転車に乗るのって、身体で覚えるスキルで、一回覚えたら忘れないから、日本では、子供が小さい間に教え込みますよね。

ミャンマーでは、それが「瞑想」なのです。

瞑想も、ある意味、身体で覚えるスキルで、一回覚えたら鈍ることはあっても忘れないから、ミャンマーでは、子供が小さい間に教えるんだと思うのです。

なので、ミャンマー人にとって「10日間の瞑想合宿に行く」というのは、日本人にとって「10日間のサイクリングツアーに行く」という感じなのかもしれません。

日本人にとっての、こんな会話が、

A: 今度の休みは、10日間のサイクリングツアーに行くんだ~。

B: いいなあ。ストレス解消もできるし、身体も引き締まるかも。
  ところでワタシ、最近運動不足で太ってるのよねえ。

ミャンマー人にとってはこんな風になるのでしょう。

A: 今度の休みは、10日間の瞑想合宿に行くんだ~。

B: いいなあ。頭がスッキリするだろうなあ。
  オレ、最近血圧高いから、10日間くらい瞑想したら良くなるかなあ。

そう考えてみたら、最初の反応の違いも納得です。

ちなみに、これはあくまでもワタシの私見ですが、ヤンゴン育ちのミャンマー人は、あんまり自転車に乗るのが上手くないような気がする。

サンプルは夫(ミャンマー人)一人なので、全く信憑性にかけるのですが。

だってヤンゴンって、二輪車(バイクや自転車)禁止なので、「サイカー」と呼ばれる自転車タクシーみたいなの以外は、街中で自転車乗ってる人、殆ど見かけなかったんですよ。

もしかしたら、今は自転車はOKなのかもしれませんが。

前回のミャンマー訪問時(202019年1月)には、Uber Eats みたいな、自転車のフードデリバリーをヤンゴンで見かけました。

フードパンダっていうのかな?パンダのマークのバッグを持ってました。

ミャンマーも、どんどん新しいビジネスが始まってるなあ。



Friday, 6 March 2020

エレファント・フルー

夫(ミャンマー人):そうそう、伝染病と言えば、昔ミャンマーで、エレファント・フルーっていうのが流行った事があったんだよ。

ワタシ:えええ。エレファント・フルー!

夫(ミャンマー人):そう。エレファント・フルー。

ワタシ:ゾウからフルーが発生したの?ってか、ゾウも風邪ひくの?
ってか、普通、ゾウの肉は食べへんから、どうやって人間に感染したの?

夫(ミャンマー人):いや、、、ゾウは関係ないんだ。。。このフルーにかかるとすごく痛いらしくて。

ワタシ:ふむふむ。

夫(ミャンマー人):ゾウに踏まれたみたいに痛いから、エレファント・フルー。

ワタシ:えええ。そんな。。。ゾウさん、濡れ衣。

夫(ミャンマー人):本当に痛いらしいんだよ!ゾウに踏まれたみたいに!

ワタシ:ってか、ゾウに踏まれた事あるんかい!

さて、夫(ミャンマー人)の事を信用していないワケではないのですが、一応ググッて見ました。エレファント・フルー。

そしたら、出てきたんです!

こんな感じの文が出てきました。

~~~~~~~~
The Centers for Disease Control have issued a public advisory regarding the human strain of the proboscidea influenza virus, more commonly known as 'elephant flu' or 'GOP Virus'. ... While there is no known cure for the disease, a good dose of common sense has shown to be an effective treatment. 1 May 2009
~~~~~~~~

ちなみに、the proboscidea influenza virus の proboscidea って単語を辞書でひっぱってみたならば、動物の分類用語の「長鼻目」と出てきました。

やっぱり、ゾウなんや!

でも、ゾウに踏まれた痛さとインフルエンザの痛さは、痛さの種類が違うと思うんやけどなあ。

ミャンマー人のネーミングセンス。ツッコミどころ満載です。

そうそう、日本には昔、ゾウに踏まれても壊れない筆箱っていうのがありました。

人間とは、ゾウと言えば、「踏まれる」事を連想してしまう生き物なのかもしれません。




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Monday, 10 February 2020

ヤンゴンぶらぶら街歩き

今年の春節ミャンマー里帰りは、夫(ミャンマー人)の有給休暇の都合もあり、約10日間と短い日程だったため、ミャンマー国内の他の町へは行かず、ずっとヤンゴンに滞在していました。

ミャンマーのガイドブックなどをみてみると、ヤンゴンは大きな街だけれども、シュエダゴンパゴダ以外には、これと言った観光名所はないと記載されています。

そうなんです。

ミャンマーは、圧倒的な知名度を誇る観光名所は田舎に多い。

田舎に行けば、トレッキングで自然を満喫するもよし、地元の少数民族の人たちと触れ合い、彼らの生活の様子を垣間見るもよし、いろいろ見所満載なのです。

それに比べると、ヤンゴンは、観光資源という意味では、田舎に負けていると思います。

これと言った見ものは、パゴダしかない。

他の国では、大都市の観光といえば美術館とか博物館ですが、夫(ミャンマー人)情報によると、ヤンゴンの美術館や博物館はパッとしない。
(あくまでも夫情報です。夫が行きたがらないので連れて行ってもらった事もなく、真偽のほどは定かではありません。)

でも、ヤンゴンにはヤンゴンの面白さがあります。

植民地時代のコロニアルな建物が、ろくに手入れもされずに、深刻にボロボロ状態になっているのは感慨深いし、ふと見上げたら、頭上の電線がスパゲッティーの様にからまっているのは刺激的です。

昼間の大通りの歩道は、いつも歩行者で一杯なのですが、自家用の発電機だか変電気だかわかりませんが、そこここに大きな金属の箱が歩道の真ん中に設置されていて、それがさらに歩行者の渋滞を引き起こしています。

そして何より、歩道のデコボコぶりがアッパレです。

普段から、あまり足元を見ずに歩くクセがあるワタシは、いつも、何かしらけつまづきながら、歩いています。

だって、日本や英国の道は平坦ですから、足元を見ずに歩いても転ぶ事は滅多にないんですよ。

でも、ヤンゴンの歩道は、山道なみに注意が必要。

そして、地面がデコボコなので、下手に転倒などしようものなら、けっこうダメージが大きそう。すり傷なんて作ってしまうと、そこからばい菌が入るかもしれないので、注意が必要。

つまづく度に、夫に、「また、上向いて歩いてる!ロンドンではそれで良いけど、ヤンゴンでは、ちゃんと下を見て歩かないとダメ!」と怒られながらの、ヤンゴンぶらぶら歩きです。

一生懸命足元確認しながら歩くなんて、、あんまり、ぶらぶら歩きっぽくないなあ。

さて、以前「多民族都市ヤンゴンの朝の風景」https://floatingonwatermeditate.blogspot.com/2019/05/blog-post_1.html

という記事で、ワタシのお気に入りのお散歩ルートについて書いたのですが、その中で、Merchant Road から18th Street に折れるとまっすぐ北に、シュエダゴンパゴダが見えると書きました。

~~~~~

ワタシのお気に入りの、ヤンゴンお散歩ルートは、
スーレーパゴダから河に向かって南下し、
河沿いの大通り Strand Road を右折。

西に向かって歩いていくと Merchant Road と合流します。

Merchant Road をさらに西に向けて歩いていくと、
右手に中華寺院があります。

その中華寺院のある角から 18th Street に折れると、
まっすぐ北に、シュエダゴンパゴダが見えるんです。

キレイに、スパッと見える。

中華寺院とシュエダゴンパゴダのコントラストが、
ミャンマーの懐の深さを感じさせるのです。

~~~~~

18th Street はよく通る道だけに、普段特に写真を撮る事がなく、この記事を書いた時には、手元に写真が無かったのですが、今回、初詣に行った時に証拠写真を撮ってきました。



ヤンゴン 18th Street から北方をのぞむ 

18th Street から北方をのぞむと、シュエダゴンパゴダがスカッと見えるんですよ。



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Friday, 10 January 2020

ミャンマーの夏

いつも暑いようなイメージがあるミャンマー(というか東南アジア)ですが、一応ミャンマーにも、季節はあります。

主に3つ。

Three Seasons です。

そういえば以前、ミャンマーのカヤー州の州都、ロイコー(Loikaw) という町に行った時に泊まったホテルの名前が、Three Seasons Hotel といいました。

この名前を見て、「ああ。ミャンマーは四季ではなく三季の国なんだなあ。」とシミジミすると同時に、かの有名な Four Seasons Hotel にインスパイアされた名前なのではないかという疑惑はぬぐえず、大丈夫なのかと少し心配にもなりました。

まあ、ロイコーなんて、世界の田舎のミャンマーの中でも、さらに田舎の町なので、天下の Four Seasons Hotel の目に留まることはないだろうから、大丈夫でしょう。

そんなミャンマーの Three Seasons。

まあ、いつも夏みたいなものですが、ざっくりとこんな感じに分けられます。

乾季の夏:3月から5月中旬
雨季:5月下旬から10月
乾季の冬:11月から2月

この3つの季節。いつも暑いのですが、暑さが微妙に異なります。

乾季の夏:天気が良くてお日様カンカンで、メチャクチャ暑い。
雨季:雨が多くて、降ってないときでも曇り空で、蒸し暑い。
乾季の冬:天気が良くてお日様カンカンで、けっこう暑い。

気温にしてみたら、ざっくりと感じる気温はこんな感じです。

乾季の夏:`35℃から40 ℃くらい。日中は下手したら40℃を越えることもある。
暑すぎてお昼は外出無理。少なくともワタシは無理。
日差しが強いので、日中は屋外プールで泳ぐのも危険かも。
屋外プールで泳ぐなら、夕方まで待ったほうが良いです。
日中は、日陰でビール飲むに限ります。

雨季:30℃から32℃くらい。
曇り空なので、日差しがマシ。でも蒸し暑いので汗がすごい。
雨が降ったら道が洪水になる危険性があるので、速やかに屋内に非難すべし

乾季の冬:30℃から32℃くらい。
雨季と気温は同じ位ですが、乾燥しているので過ごしやすい。
でも、お天気が良い分、日差しは結構キツイ。
まあ、日中に屋外のプールで泳いでも命の危険は感じないかなあ。
朝晩は気温が下がって結構快適になります。ミャンマー人にはちょっと寒いくらいのようです。(だから彼らにとっては「冬」なのですよ。)

まあ早い話が、いつも夏なんですね。

でもやっぱり、乾季の夏には破壊力があります。

気温が35℃を超えってのは、暑いね!

外気が体温とあまり変わらない、もしくは体温より高くなるわけですから。

先日の記事:入ってくる息と出ていく息
https://floatingonwatermeditate.blogspot.com/2020/01/blog-post_7.html

にも書きましたが、ワタシは瞑想にて「自分の呼吸」に意識を集中する際に、鼻の穴の形のせいなのか、集中力がないせいなのか、「空気の動き」を感じるのが難しいのです。
なので、「吸気」を感じる為に、息を吸った時に入ってくる空気と体温との温度差に頼っている部分がかなり大きい。

でも、乾季の夏のミャンマーでは、温度差戦法さえ使えないんだなあ。

もしくは、息を吸った時に入ってくる空気が体温より熱くって、温度差を感じたりして。

ああ~。イヤだ~。そんな暑いところで瞑想なんてできない~。

ブッダって、えらいねえ。インドで瞑想してたんだもんねえ。


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Tuesday, 24 September 2019

バスが壊れなかったら

我が家は、少なくとも年に一回はミャンマーに行きます。

夫(ミャンマー人)の里帰りです。

義母も、もう歳なので、できるだけ頻繁に会いに行きたいですからね。

今は、航空券も安くなってきていますので、無理して一度に長期間の里帰りをするのではなく、短い里帰りを頻繁に行うようにしています。

でも、いくら「短い里帰り」といっても、ロンドンからミャンマーへの里帰り。

経由便で、合計13時間くらい飛ぶことになります。

となると、やっぱり、最低でも10日間くらいは必要。

でないと、飛行気乗りに行ってるみたいになりますね。

10日間の日程を組んで、実質、ミャンマーに滞在するのは1週間くらいでしょうか。

1週間。

短いような長いような。

夫は、ミャンマー旧首都で、最大の都市である、ヤンゴンの出身です。

なので、メインの滞在はヤンゴンになるのですが、ヤンゴンって、そんなに観光する所はないんですよね。

シュエダゴン・パゴダくらい。

後は、特にこれと言った観光をするのではなく、ぶらぶら街歩きを楽しむ所ですね。

タイのバンコク同様、沈没向きの街かもしれません。

ヤンゴンはミャンマー最大の経済都市ですので、お店やレストランは山ほどあります。

高いのから安いのまで、選び放題。

そして、多民族国家であるミャンマーの大都市らしく、街は人種の坩堝です。

パゴダを通りすぎるとキリスト教の教会につきあたり、その隣にはイスラム教のモスクが建っていて、もう少し歩いたらヒンディーテンプルが出現するような街です。

旧英国植民地である為、コロニアルな建物も多く、また、それらが今はボロボロになってるのにも風情を感じます。

以前は、樹木に侵食された、天空の城ラピュタのような建物があったけど、今はもう見かけないなあ。

歩道には、路上販売のお店が連なり(多分違法。警察が来たらみんなササっと逃げてる)、そのせいで狭くなってしまった歩道を、大量の歩行者を掻き分け掻き分け進むのも、また楽しいものです。

ヤンゴンの街ブラは、飽きる事がありません。

でもやっぱり、せっかく13時間も飛行機のっていくんだから、ヤンゴンだけではちょっともったいない。

ミャンマーは、地方都市に行くのが楽しいんです。

都市と地方都市の格差が激しく、各地方に個性があるんです。

観光名所もあるし。バガンとか、インレー湖とか。

我が家の場合、プチ里帰りを頻繁に繰り返すという旅行スタイルのですので、一回の里帰りに一箇所、地方に旅行する事を計画しています。

ミャンマー国内の移動には、飛行機や電車もありますが、やっぱり、便利なのは長距離バスでしょう。

我が家も、ミャンマー国内旅行の際には、主に長距離バスのお世話になってます。

ところで、普通、長距離バスのチケットを予約する時って、到着時刻とか所要時間とかを事前に確認しますよね。

到着後の予定とか立てないといけないから、到着時刻って、かなり重要です。

なのでワタシは、ミャンマーで長距離バスのチケットを予約する時も、到着時刻とか所要時間とかを夫(ミャンマー人)に確認するのですが。。。

ある日、ふと気がついたのです。

夫にミャンマーのバスの到着時刻とか所要時間とかを聞くと、枕詞のようにくっついてくる言葉がある事を。

それは、「バスが壊れなかったら」

交通渋滞がなかったら、とかではありません。

「バスが壊れなかったら」です。

夫曰く、ミャンマーの長距離バスで重要なのは、出発時刻のみ。

到着時刻なんてアテにならないし、誰も気にしていない。

なぜなら、「バスが壊れるかもしれないから。」

そして、もしバスが壊れてしまったら、どれだけ遅れるかも予想ができないのです。

やっぱり、車検って大切やなあ。

ってか、せめて商用車には、車検を徹底してほしい。


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Wednesday, 5 June 2019

ミャンマーのインターナショナルスクール(英語編)

ミャンマー経済の発展に伴い、増加する新富裕層・準富裕層( New-rich)。

彼らの間で、最近チラホラみかけるのが、
子供達をインターナショナルスクールに通わせている人達。

学費がクッソ高いミャンマーのインターナショナルスクール。

そこに通う New-rich の子女達は、大使館員の子女や大企業の駐在員の子女、
そして、自分と同じような財力のある家の子女と机を並べて勉強し、
子供の頃から、ネットワークを作るのです。

そうやって、エリート集団が形成されていくわけですね。

そして、そんな子供達は、小学校(もしくは幼稚園)から
英語で教育を受けるため、英語ネイティブとなります。

信じられないことですが、ミャンマー人の両親とミャンマーで暮らしながらも、
英語ネイティブとなるのです!

夫の友人の息子さんが、そんなインターナショナルスクールに通う
子供達の一人なのですが、彼が10歳くらいの時、
一度ワタシ達夫婦で、彼のベビーシッターをしたことがありました。

一日一緒に観光地に遊びに行ったのです。

夫の友人も、その奥さんも、二人とも英語を話さないので、
インターナショナルスクールに通い始めて5年ほどの息子の英語力が
どんなものかを、夫にチェックしてもらいたかったそうです。

さて、その子の英語力は?

英語で話す限り、こまっしゃくれた生意気な10歳のクソガキでした。

ワタシがミャンマー語ができないため、ワタシたちの会話は英語になるのですが、
その時は活き活きとペラペラと沢山は話してくれます。

彼のお父さんやお母さんと話す時は、ミャンマー語になるのですが、
夫いわく、彼のミャンマー語は、少し幼いらしい。

つまり、ミャンマー語で話すと、
「こまっしゃくれた生意気な10歳のクソガキ」ではなくなるみたいなのす。



多分、家で両親と話す時しかミャンマー語を使わないので、
簡単な事しか話せないんですね。

複雑な事を話すには、英語になってしまうのです。

そして読み書きに至っては、さらにひどくて、
ミャンマー語の標識など、読めない事があるらしいです。

英語では小説読んでるのに。

いくら裕福な家庭とはいえ、そのミャンマー語レベルでは
ミャンマーで暮らしていくのが大変なのではないかと、
夫は心配していましたが、夫の友人いわく、
「息子は近い将来、海外に留学させるから大丈夫」だと。

それを聞いて、ワタシ夫婦は、少し複雑な気分になってしまったのです。

母国語って、自分のアイデンティティーだから、

まずは、自分の国の言葉(ミャンマー語)をしっかり身につけて、
その上に英語でもなんでも、外国語をのっけた方が、よいのではないかなあ。

でも、それを覆してしまう、ミャンマーのインターナショナルスクールの
質の高さにも脱帽です。





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Tuesday, 4 June 2019

ミャンマーのインターナショナルスクール(お金編)

最近の日本の芸能人の子女は、インターナショナルスクールや
留学率が高いらしいですね。

まあ、グローバルに活躍する為には英語は必要だし、
若い頃から色々な国の人と接する事によって、視野も広がるだろうし。

芸能人である親御さんたちとしても、普通の学校に通わせるよりも
学校行事やPTA付き合いが(比較的)楽なのでしょう。

そして何より、インターナショナルスクールや留学にはかなりのお金が必要で、
芸能人である親御さんたちには、それだけの財力がある。

財力。

これは大きなポイントだと思います。


うちの夫(ミャンマー人)はヤンゴン出身なのですが、
経済的にはまあ、ミドルクラス(中間層)くらいの家庭の出身です。

ミャンマーは、中間層が大部分を占める日本とは異なり、
圧倒的多数の貧困層の上に少数の中間層がのっかり、
その上にさらに少数の富裕層がのり、さらにその上に、
ごくごく少数の超富裕層がのっかっているという所得分布です。

しかし、ミャンマー経済がオープンになってきたこの数年、
特に都市部に於いて、Emerging Middle-class(新中間層)が増加、
それに伴い、もともと中間層であった層の中から、
富裕層、もしくは準富裕層になる人々が出てきてるという印象です。

もともとの富裕層、特に超富裕層は別格なので、
こういった新しい富裕層・準富裕層は New-rich という感じでしょうか。

夫自身が中間層出身のため、夫の友人たちも中間層が殆どなのですが、
その中には、この好機に乗って一儲けし、New-rich になった
人たちもちらほら見かけます。

そんな夫の友人達のなかでちらほら見かけるのが、
子供達をインターナショナルスクールに通わせている人たちです。

ミャンマーのインターナショナルスクール。
噂では、学費が月に1,000米ドル(11万円)もかかるらしい。(夫談)

年間1万2000ドル(134万円)!

それを小学校から通うとなると、総額いくらになるんだろう。
日本でも、裕福な家庭でないと難しいですよね。

在ミャンマー大使館員の子女や、外資系企業の駐在員の子女は、
祖国の政府や会社が払うから、大丈夫だと思うのですが、
ミャンマー人が通わせる場合は、自腹です。

それを支払うだけの財力のある家の子女は、
外国の大使館員の子女や大企業の駐在員の子女や、
自分と同じような財力のある家の子女と、
子供の頃から、ネットワークを作るのです。

そうやって、エリート集団が形成されていくわけですね。

富裕層の親からすれば、自分の子供をエリート集団に入れるという事は、
高い学費に見合うだけの価値があることなのでしょう。




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Thursday, 30 May 2019

多民族都市ヤンゴンの朝の風景

早朝、托鉢をする仏教の僧侶達の行列とすれ違ったと思ったら、
イスラム教徒が多く住む通りにさしかかると、
お祈りの時間を知らせる放送が鳴り響く。

インド人街にはヒンディー寺院、
中華街には中華寺院。

キリスト教の大聖堂だってあります。

一つの街に、色々な文化が融合して、
皆仲良く暮らしている。

ワタシのお気に入りの、ヤンゴンお散歩ルートは、
スーレーパゴダから河に向かって南下し、
河沿いの大通り Strand Road を右折。

西に向かって歩いていくと Merchant Road と合流します。

Merchant Road をさらに西に向けて歩いていくと、
右手に中華寺院があります。

その中華寺院のある角から 18th Street に折れると、
まっすぐ北に、シュエダゴンパゴダが見えるんです。

キレイに、スパッと見える。

中華寺院とシュエダゴンパゴダのコントラストが、
ミャンマーの懐の深さを感じさせるのです。

夫(ミャンマー人)によると、その中華寺院は
風水的に抜群の位置に建てられているらしい。

南側に河を臨み、真北にシュエダゴンパゴダ。

そうよねえ。

とっても縁起がよさそう。




ヤンゴンの大通りを思いっきり集団J-walkする托鉢中の僧侶達 




Thursday, 11 April 2019

ヤンゴンの最低賃金日額(一日4,800チャット)で生活するチャレンジ

先日の記事:チャイルドレイバーと4,800チャット で、
ミャンマーの最低賃金日額(4800チャット;約360円)では
たとえ夫婦二人が共働きしたとしても、
子供がいる一家を養う事は難しいと思うと書きました。

それがどれくらい難しいのか、身を持って実感するために、

「ヤンゴンの最低賃金日額(4,800チャット)で生活するチャレンジ」

なるモノを、やってみようと思いつきました。

2019年4月現在のレートでは、4,800チャットの価値はこんな感じです。

4,800チャット≒  360円、3.2 USドル、2.5イギリスポンド

ただ、さすがに国によって物価の違いがありますので、
そのまま単純に為替変換した数値ではムリがあります。

こういう時に、世界の経済学者はビックマック指数なるモノを提唱し、
ビックマックの価格を使って各国の物価の比較をしていますが、
残念ながら、ミャンマーにマクドナルドはありません。

ロッテリアならありますが、ミャンマー人にとっては、
かなり割高な代物に成り下がっています。いや、成り上がっています。

そもそも、急速な経済発展の過渡期にある社会というものは、
エンゲル係数、特に外食費が高くなる傾向にありますし、
ミャンマーで最低賃金で生活している人々に、
頻繁に外食する余裕があるとは思えません。

ここはいっちょ、外食の値段の事は忘れて、
水1Lの値段を元に、物価スライドしようと思います。


ヤンゴンでは水1Lは大体300チャット。
最低賃金日額(4,800チャット)では、16本買えますね。

ロンドンだと水1Lは、だいたい70ペンスくらいでしょうか?
16本買ったら、11.2ポンドです。日本円にして約1600円。

夫(ミャンマー人)が言うには、ミャンマーの貧しい人々は、
ほぼ休みなしで毎日働いてるというのですが、
ちょっと信じられないのですが、ここは夫を信じましょう。

1ヶ月辺りの労働日数を平均して30日とします。

11.2ポンドx30日=336 ポンド(約4万9千円)

夫婦2人で働いたとして、月672ポンド(約9万7千円)。

日本の生活保護費の月額より、まだ低いですね。

ここから所得税などを差し引くのですが、
英国では、これくらいの所得の場合、非課税です。
日本でも、月5万円弱の給与所得には所得税はかかりませんよね。

ミャンマーでも、所得税の負担がそんなに重くないらしいので、
ちょっと乱暴ですが、所得税は無視します。

ここから家賃と光熱費を差し引きます。
いくらくらい引くのが妥当か。難しいところです。

ロンドンだと、子供がいる家族が住むようなフラットを借りるには、
安くても、一ヶ月1,000ポンドくらいかかるのですが、
それだと赤字になってしまいます。

英国では、家賃は収入の30%くらいが望ましいとされているので、
それくらいを家賃に持っていかれていると仮定して、

672 x30%=200ポンド。
そして、光熱費諸々で、100ポンド。

夫婦二人で、各々週6日働くという事で、交通費が必要です。
節約してバスを使うとして、一人一月約80ポンドx2=160ポンド。

さて、いくら残ったでしょうか。

672-200-100-160=212ポンド。

非常に大雑把ですが、これが、日々の食費や雑貨に使える金額です。

これを30で割ると、一日あたり約7ポンド(約1,000千円)。

この金額で、夫婦二人の食費や雑費をまかなう、題して:

「ヤンゴンの最低賃金日額(一日4,800チャット)で生活するチャレンジ」

英国換算値は、夫婦二人で 7ポンド/日と設定。

この金額で、家賃・公共料金・交通費を除く、日々の出費をまかないます。
主に、食費と雑費ですね。

交際費をここに入れてしまうと、とても非社交的に人間になってしまうので、
申し訳ないですが、交際費は含まない。

一日くらいだったら、買い物に行かなかったら出費ゼロになって、
あっさりと達成できてしまうので、チャレンジは一週間単位とします。

これで生活して、普通に生活した場合にかかる金額との差額を
チャリティーに寄付するというチャリティー活動はどうでしょうか?

この金額、めっちゃ適当に計算したから、
きっと色んなことろから反論がくると思うけどね。



ある日、ヤンゴン観光からホテルに戻っワタシの
ポケットの中から出てきたミャンマーチャット。



きちんと整理してみたらこんな感じに。
緑色の紙幣は1,000チャット札(約73円)。
それを10枚ずつ束にしたものが3つあるから、
これで30,000チャット(約2,200円)プラス小銭くらい。

ミャンマー最低賃金で働く人の、一週間分のお給料かなあ。

Wednesday, 10 April 2019

チャイルドレイバーと4,800チャット

4,800チャットとは、ミャンマーの最低賃金の日額です。

今のレートで、約350円。USドルで、3.2ドル。

ミャンマーの最低賃金で働く人達は、この中から家賃を払い、
電気代やら水道代やら電話代などを払って、残りで生活しているのでです。

ミャンマーの貧困層では、専業主婦なんて不可能だし、
子供も学校に行かないで働かないといけません。

そうやって、家族全員で一日働いて稼いだお金を集めて、
家賃をやらって電気代や水道代やらを支払って、
残ったお金で食べ物を買って夕食の材料を買ってきて、
残ったご飯は翌朝の朝ごはん。

そしてまた、家族全員、働きに出るのです。

国際機関などで、チャイルドレイバー(児童労働)問題を取り上げる中で、
児童労働のせいで、子供が就学機会を失っているなんて、
トンチンカンな事を言う人がいますが、
子供が学校に行けないのは児童労働のせいではありません。

親が貧乏だからです。

子供が働くのが違法だからと、雇い主を処罰して、
「あなた達、明日から仕事に行かなくてよいよ~」と子供達を解放したとして、
彼らが、次の日から学校に行けるでしょうか?

答えは、NO です。

彼らが、明日から仕事に行かなくてよいという事は、
明日から収入がなくなり、食べるにも困るようになるという事です。

それまで働いていた時間を、勉強に費やすなんてこと、
できるわけがありません。

親が子供を養えなくなって、ストリートチルドレンになるか、
最悪、売春組織に売り飛ばされてしまうかもしれません。

もちろん、子供が働くという事は問題ですが、
働く事によって、より悲惨な状況に陥る寸前の所で引っかかっているのです。

ワタシが思うに、現在の児童労働の最大の問題は、
違法であるがゆえに、賃金や労働時間などの法規制も何ももないまま、
マーケット自体がアンダーグラウンドに落ち込んでしまい、
子供の労働力が安く買い叩かれている事だと思うのです。

ここは一つ、ちょっと思い切って、児童労働の法規制を少し緩め、
最低賃金とか、最大労働時間とかを定めてみたらどうなんやろう。

子供を雇う事を合法化する事によって、子供の労働条件が、
今よりも Fair になるかもしれないと、思うのです。

う~ん。所詮、絵に描いたモチかなあ。

でも、親が貧乏で子供を養えない状況である限り、
今の状況を打破するには、これしか方法がないと思うのですよ。

だって、今のミャンマーの最低賃金だと、たとえ両親共働きしたとしても、
家族が暮らしていくのは難しいと思うから。


5,000チャット札の束(多分100枚。日本円で約37000円。)
最低賃金で働く人の、約4か月分のお給料。

Monday, 1 April 2019

靴の買い方

ミャンマーは暑いです。
なので普段、靴というものははきません。

暑いし、蒸れるし、健康的じゃない。

おまけに雨季には大雨が降って、
下水施設が発達してないので、すぐに冠水してしまいます。

そんな中で靴を履いたら、一発でダメになってしまうので、
そもそも、靴なんて合理的ではないのです。

というわけで、ミャンマー人は、一年中サンダルを履いています。

乾季は、ちょっとおオシャレなサンダル。
革製のサンダルとかも良いですね。

雨季はどうせ水びたしになるので、もっぱらビーサンで過ごします。

どちらにしても、靴の出番はありません。

夫(ミャンマー人)も、生まれてから英国に来るまでの間、
靴を履くなんて、滅多になかったということです。

でも、英国は寒い。

ビーサンで過ごせるのは、夏の短い期間だけ。

その短い夏の間さえ、寒がりのミャンマー人にとっては
サンダルで過ごすには寒すぎるくらい。

夫(ミャンマー人)は、生まれてはじめて、靴が必要になったのです。

でも困ったことに、夫はそれまで、靴を買ったことがないのですね。

靴の選び方って、子供の頃は、お母さんが爪先のあたりを上から押して、
ある程度の余裕があるか確認して選んでくれる。

少し大きくなったら、自分で靴の外から押してみたり、
履いて歩いてみりして、痛くないか確認しながら選ぶ事を覚える。

注意して選んだと思ったのに、いざ毎日履いてみると、
あそこがあたって痛い、こっちが当たって痛いとなったりして、
試行錯誤しながら、自分なりに靴の選び方を習得していくのです。

それを全くやらずに大人になった夫(ミャンマー人)。

さて、困った。

どうやって選ぼう、

ワタシが代わりに履いてみて選ぶわけにもいかんし。

とにかくはじめは、爪先のあたりを押して、
どれくらいが適度な空間かを教え、
必ず両足で試しばきして歩いて見るようにと教え、
それでもはじめは上手く選べなかったけど、
試行錯誤の末、そこそこ普通に選べるようになりました。

いやあ、はじめはどうしようかと途方にくれました、

犬のおまわりさんじゃないけど、

困ってしまって、ワンワンワワン!

という気分でした。

そんな事があったのも、もう15年以上も前の事。

今では夫(ミャンマー人)も、すっかり靴の生活に慣れ、
お気に入り靴のブランドまであります。

生意気な!


Sunday, 31 March 2019

教科書を買いにブラックマーケットへ

夫(ミャンマー人)が子供だった頃の、ミャンマー事情あれこれ。

教科書について。

世間話をしていて、夫がふともらした事実。

夫:僕、くじ運悪いんだよなあ。
  子供の頃、教科書のくじであたった事ないし。

ワタシ:教科書のくじ?それなに?
    当たった人はタダで教科書もらえるとか?

夫:ううん。教科書が人数分ないから、
  くじ引きして、当たった人が買えるの。

ワタシ;えええ。で、当たらなかった子はどうするの?

夫;ブラックマーケットで買う。
  僕は、毎年くじに外れたから、家に帰って
 「ソーリー、ママ。またくじに外れた。」って。
  そしたらお母さんが、教科書を買いにブラックマーケットへ走るんだ。

ワタシ:えええ。ブラックマーケット!



なんと、ミャンマーの学校では、
年度の初めに、クラスでくじ引きをするそうです。

なぜなら、教科書が人数分ないから!

くじに当たった子供が、教科書を購入できるのですね。
そして、くじにはずれた子供の母は、ブラックマーケットへ走る。

ハーブを買いにスカボローマーケットへ、ではなく、

教科書を買いにブラックマーケットへ!

ちょっとシュールですが、それって、どうなんだろう。。。

ミャンマーという国は、義務教育を何と考えているのか。
そもそも、ミャンマーに義務教育という概念はあるのか。。。

義務教育の間は教科書を無償給与してくれる日本で育った私としては、
ちょっとびっくりです。

でも、日本のこの制度も、ずっと昔からあるわけではなく、
昭和37年に公布された法律に基づいて、昭和38年から実施された
比較的新しい制度なのですね。(ワタシが生まれる10年前です。)

そしてこの制度は、当時の母親達が、教科書無償化運動をして
勝ち取ってくれた制度なのです。

当たり前だと思っていた制度ですが、当たり前ではなかったのですね。

さて、今のミャンマーの教科書事情はどうなのでしょうか?

今は、ミャンマーも民主化されたことだし。
教科書の無償化は無理としても、教科書が足りなくて、
ブラックマーケットで買わなきゃいけない、なんて事は、
もうきっと、起こっていないはず。

気になるなあ。

Monday, 25 February 2019

お金を払うバトルに連敗中の夫(ミャンマー人)

夫(ミャンマー人)。

ミャンマー里帰り中に、お金を払うバトルで連敗記録を更新中。

夫(の言い訳):The battle is quite hostile...

さてその、「お金を払うバトル」とワタシが名付けたそのバトル、
どういうバトルかと言いますと。。。


ミャンマーでは、大人数集まって会食をする場合、
基本的に、割り勘はしません。

今まで、そんなシチュエーションで割り勘してるの見たこと無いです。

では、どうやって支払うかと言いますと、誰か1人が全部どどーんと払って、
他の皆は「アリガトゴザイマス!」と、ゴチになるわけです。

まるで、伝票のロシアンルーレット。

日本人のワタシとしては、我が家に順番が廻ってきたらどうしよう。
手持ちの現金で足りるかなあ。アセアセ。
と、いつも気が気ではありません。

さて、そんなシステムなので、何より緊張するのが会計時。

会計時に、バトルが繰り広げられるのです。

とはいっても、伝票の押し付け合いになるのではありません。

伝票の奪い合いが起こるのです。

ここで、ウェイター(ウェイトレス)さんの動きが、非常に重要となります。

彼らは、この会食のスポンサーは誰なのかと的確に値踏みして、
その人の前に伝票を置かなければなりません。

それでも、伝票が誰かの前に置かれた瞬間、目ざとく見つけて
ささっと駆けつけ、伝票をひったくる人もいます。

伝票が来た瞬間の反射神経が大切なのです。

出遅れてしまうと、バトルに加わる隙もありません。



そして、我が夫(ミャンマー人)は、
今回の里帰りで、このバトルに負け続けました。

明らかに、普段の練習が足りないようです。

だってヨーロッパでは、割り勘が基本ですからねえ。
こんなバトルは存在しないのです。

夫が里帰りという事で、彼の友人関係が集まる場合、
久しぶりということで、10人以上の会食になることが多いです。

そして、やっぱり久しぶりという事で、ちょっとはりこんで、
他よりちょっと高めのお店に行くことが多いです。

そうなると、いくらミャンマーと言えども、
お会計の合計は、軽く200USドル以上になってる思う。

夫(ミャンマー人)は、一応英国で働いてお給料もらってるから、
たまに会う友人との会食で200USドル支払うのはOKですが、

ミャンマーは、最低賃金が一日4,800チャット(約3.13USドル)なのですよ。

それで、200USドルって、最低賃金のお給料の2か月分以上ではないの!

それも、一ヶ月30日丸まる働いて!

ちなみに、夫が自分で主催する場合はもう少し経済的なお店を選ぶのですが、
それでも一人当たり10USドルくらいはかかります。

ミャンマーの外食は、けっこう高いです。

その、決して安くはないお会計を、1人でババーンと支払う夫の友人達。

お金持ちだ。。。

夫によると、彼らはミャンマーでは中産階級、もしくは中産階級の上くらい。
大抵、自分でビジネスをしているか、もしくは医者や地主など。

ミャンマーの中産階級だと、先進国のサラリーマンでは
経済的に太刀打ちできません。

その上にはさらに、Filthy Rich (超お金持ち)な人達がいるらしいです。

ワタシは、ミャンマーの Filthy Rich (超お金持ち)な方には
お会いしたことがありませんが、どんなんなんだろう。

日本が格差社会になってる云々といわれていますが、
ミャンマーの格差社会に比べたら、カワイイもんです。

ミャンマー貧富の差には、恐ろしいものがあります。